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「まだ見てもいない、来るかどうかも分からないそんな未来を一人で勝手に想像して、勝手に完結して。ネガティブもいい加減そこまでくると病気だな」
呆れ返った水月からはとうとう乾いた笑いすら漏れる。
「病気だよ。俺はゲイで、男しか好きになれない。そういう病気だ」
「東風!」
「治んないの! 一生掛かっても……こればっかりは無理なんだっ、だけど水月は違うからっ。俺が一方的に好きになって……すごく好きで……どうしようもなかったから……。だけど、もういいんだ……。彼氏にしてくれて、なってくれてありがとう──けどそれもここまで。社会に出たら水月はこれが一時的な病だった事に絶対気が付く──。だから、そうなる前に別れよう」
「そんなこと言われて俺がハイ、わかりましたって言うとでも思ってんのか? 3年も一緒にいてっ、お前は俺の何を見てたんだよ?!」
水月の怒りは強く握られた右拳へ蓄積され、発散するために大きく開かれた右手が、叫びと共にテーブルを強く叩いた。音に反応してビクリと肩が揺れた東風だったが、それでも引き下がらず、絶対に今日だけは負けるつもりはないと強い瞳が真っ直ぐ訴えている。
「じゃあ、俺のために別れて。俺が好きなら、俺を傷付けたくないならここで別れて」
熱い怒りはとうに水月の中で弾けたらしく、絶望して温度を無くした揺れる瞳がゆらゆらと下へ視線を落とし、水月は起伏のない声で言葉を紡いだ。
「──結局、お前は最後の最後まで自分のことばっかだな」
「そうだよ。俺はいつだって自己中で、自分のことばっかだ。いい加減に治せっていつも水月怒ってたろ? でも結局、最後まで治らなかった……。ごめん」
一度は相手の真相をついた筈の水月だったが、どうしても納得出来ない、相手の中にある違和感が拭えないのか、落とした視線を再び引き上げると東風を真っ直ぐ見つめ「──ちゃんと本当のこと言え」と、芯のある声で東風の隠れた感情を掘り起こす。
俯いた東風の肩が小さく揺れるのを水月が見落とすはずがなかった。
「今ので全部、本当のことだから」
「嘘つくな、二人でいる必要って──、キャロルのことなんだろ」
今まで一番、東風の肩が大きく震え、握り締められていた手はさらに小さく丸まった。
「……お前のせいじゃない」
水月のその言葉に東風は大きく被りを振って、我慢し続けた涙をパラパラと絨毯へと溢した。
「二人で世話してた。キャロルのことは全部、一から百まで全部、俺たち二人の問題だ」
「……違う。俺のせいっ、俺が……、俺がちゃんと風呂場のドアを閉めてなかったから……俺が、風呂の水を抜いてなかったから……俺が……」
締め付けていた自分の感情を抑えられなくなり、崩れ落ちそうな東風の体を水月が捕まえ、腕の中へと深く抱く。
「違う! 全部俺がやっておけば良かった話だ。先に家を出たのが俺でも、最後に風呂を出たのは俺だ。俺がちゃんと湯を抜いてなかったから……、お前がいつも口うるさく言ってたのに、俺がお前に甘えたせいで──……キャロルは風呂に落ちたんだ……」
最後の言葉で東風は一瞬目を見開き、悲しい場面が再び目の前に呼び起こされたのか、涙で濡れる瞳が次第に細くなり、口元が大きく歪んだ。全身を大きく震えさせながら、心細さのあまり伸ばした手がを水月の背中へと強く回される。
「ううっ……うっ……」
東風はもう何も我慢出来ずに、ボロボロと涙を溢しては嗚咽を上げた。あの日から何度目になるかもわからない後悔を繰り返しては悲しくてまた泣いた。
…………嗚呼、そうでした。
すっかり忘れてました。
私はもうここにいないんでした。
呑気に狸寝入りなんてしている場合じゃなかった、すでに私は本当の眠りについていたんですから──。
そして、私のせいで二人をこんなに悲しませていたんですね。あんなに仲が良かった二人を別れさせるまでに至ってしまったんですね。
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