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驚いたことに皿はちゃんと私の前足に当たって勢いよく弾け飛び、カランカランと音を立ててひっくり返ると、リビングにいる二人のところまで中に入っていた湿気たご飯が飛び散りました。
二人は雷に打たれたみたいに体をビクリと震わせ、目をまん丸にして音を立ててクルクルまわる皿をジッと眺めていました。顔を上げた東風の瞳は真っ赤で、涙に濡れていてひどく痛そうです。
「キャロル……?」
水月は小さくそう呟いて、私の姿を探すようにキョロキョロとあたりを見回していましたが、もちろん水月に私を見つけることは出来ません。少し寂しいですが、仕方ないんです。
二人は親馬鹿丸出しなリビングに飾ってある、私の愛くるしく可愛らしい小さな頃の姿や、少し食べ過ぎてお腹周りがふっくらしてきた最近の写真の数々を静かに眺めると、どちらからともなくフッと笑い出しました。
水月の瞳もいつの間にか赤くなっていて、そこから溢れ落ちた涙を隣にいる東風が指で拭ってやっています。
「俺たち……きっとキャロルに叱られたんだね。あの子、俺たちが喧嘩するのめちゃくちゃ嫌ってたから……」
「ああ……。あいつベッドの中からものすごい汚い声で毎回鳴くのな、ウニ゛ャァー! って」
「そうそう、もう何が起きたのって思うくらいの低音でね」
私は、泣きながらもいつものように笑い合う二人の傍へ行き、目一杯体を擦り付けて回り、東風の膝へぐりぐりと頭を押し付けました。
決して触れることは叶いませんでしたが、不思議と東風はキョロキョロと私の姿を追うようにして視線を動かすのです。水月も何かに触れたかのように自分の掌をじっと眺めています。
その掌を東風が優しく握り締めた時、私は確信しました。
──もう、大丈夫だと。
「ごめん……、水月、俺……」
「ううん、俺こそ。お前が人一倍自分を責める奴だってわかってたのに、もっとちゃんと話し合ってれば……俺はずっと、キャロルの死から逃げてた──お前はちゃんと、ずっと向き合ってたのに……」
「そんなことない、水月だって苦しんでたの知ってるよ、一人で泣いてたのも知ってる。一緒に泣いてあげればよかった……なのに俺、別れてこの部屋から水月が出て行くことで楽になれるならって……」
「逆だろ……、お前まで俺の前からいなくなったら……今度こそ俺は孤独で気が狂うよ」
水月が優しいあの手でそっと東風の頬を撫でると、東風は柔らかに微笑み、安心したように目を閉じました。
そして、二人は再び互いに体を重ねて合って、静かに泣き始めました。そしてゆっくりと、私の思い出話を始めました。東風が時折楽しそうな声色で笑っていて、私はそれだけで満足したのです。
次第に二人の声も遠くなり、私は強い眠気に勝てず、二人の傍で丸くなってゆっくりと目を閉じました。
──嗚呼、ここは暖かい。
本当に本当に暖かい家でした。私は二人の家族になれてとても幸せでした。それに、もう何にも苦しくありません。寒くもありません。東風の笑い声が微かに子守唄のように聴こえて来ます。
──私はこれでようやく太平を得ます。
先に虹の向こうで待っています。
二人のことだからどうせこっちへも一緒に来るんでしょうね。その時はまた二人の間で私が暴れ狂ってやりますから、どうぞ楽しみにしておいてください。
──ありがとう。私の愛しい家族たち。
おやすみなさい。またいつか──……。
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