桜吹雪に2月の雪が舞う。

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 桜吹雪に二月の雪が舞う。 「おもろいなぁ。雪見桜!」  小さな結晶でコートを濡らしながら俺の傍らで長身を更に見上げ、男は涼しげな顔立ちを無邪気にゆるめて笑った。握りこぶし一つ分高い目線が少し羨ましくわずかに遠い。ほころんだ頬にささやかなキスのような花びらがそより触れ落ちるのが美しく、一瞬胸がギュッと詰まった。  そうして、こんなどうしようもない恋をまだしているのだと思い知る。  学芸員になってもう二年、年より落ち着いているとよく感心されるが、胸の内はこんな他愛なく少年のように揺れる初心さに笑ってしまう。  庭が名所の寺院の一角で、パラパラと白を振りかけた枯れ枝と丸く切り揃えられた緑に、そこだけが桜色に染まった幻想を二人で眺める。  特別な思い出を分かち合えた今が、素直に嬉しいけれど。 「……幻みたいだな」  思わず思春期の学生みたいな感想を、ちょっとも華やぐ気持ちを滲ませないように慎重に言葉にする。  よくつるむ同期の男同士という関係と、天秤の釣り合う喜びだけ伝わればそれでいい。 「不断桜ってほんま、雪と一緒に咲くんやな。たしか夏以外ずっと咲くんやった?」  たまたまニュース配信で目にした「今年は不断桜が二年ぶりに冬に満開」の小さな地方記事から、面白そうと言い出したのは友人で、じゃあ休みに電車でスッと見に行こうか?と言い出したのは俺だ。 「ここのお寺さん、去年掛け軸いくつか借りに来たのに、あの時はこんなん全然気づかんかったなぁ。俺わりかし目端が効く方なんやけど」 「俺も気づかなかったな」 「仕事ではよぉ気ぃつくのに、変なとこ鈍いもんな」  どういう意味だと軽口を叩きながら。  ほぼ毎日職場で聞いているはずの低音が飽きることなくずっと耳心地良く、クツクツとバターを溶かすように、甘さと温かさを持って染み渡った。  終わりも見えず絶えず咲き続ける、不断桜。  諦めの悪い恋を続ける俺のようだと自嘲気味に、ごく淡いピンクの華やぎを眺める。  しんしんと混じりあう雪と桜。  ずっと抱えたこの想いのように。  色づき無数に溢れた「好き」の上に、 「きっと愛されない」と冷えた心が無数に重なり濡らす。  絶え間なく入り混じり、  途方もなく繰り返し降り積もる。  俺の心の雪と桜。  たまらず、自分を自分で締め付けるような気持ちから逃れたい衝動に押される。 「好きだな」  真意を悟られぬよう桜を眺め、はらはらと落ちる影に紛れて吐き出した、本音。 「きっといつか良い思い出になる」  気持ちにフタをするように淡々と。 違う意味を隠して告げる。  叶わない気持ちは過ぎてしまえばきっとと、何も知らない友人の、少し高い眼差しを見上げる。  何も知らない友人は、  スッと切れ長な瞳を細めた。 「なんや、好きなら思い出になんかするより来週も来たらええやん」 「は?来週??」  事も無げな予想外の言葉に、置きざりな声が上擦る。 「きれぇな顔を深刻そうに歪めて。来週も再来週もこの先も、来たいだけ一緒に来たらええやん?電車も桜も休みも、俺も、逃げへんで?」 「いや、そんなしょっちゅう来るものじゃないだろ?」  嬉しいはずなのに、期待するなとつい否定の予防線を張る。 「俺としょっちゅう来るの嫌なん?」  そんな訳がない。 「そういうつもりでは……」 「ほな決まりやな!来週空けといてや」  近づいた顔が都合の良い気のせいか、珍しく熱量のある真っ直ぐな視線を向けられ喉が小さく鳴る。 「……思い出なんかにせんといて」 「それは、どういう」 「楽しいことは、日常にしよ」  ニッといかにも楽しそうな笑顔に強い風が重なり、たっぷりとした桜吹雪が景色を染めて雪を覆い尽くす。  残酷な期待なんか、させないでくれ。  雪と桜のバランスが崩れたら、  きっと友達ですらいられなくなる。  俺の気持ちをからかうように風はますます強く花びらをさらい、 「鈍い子やから、長期戦やなぁ」  呟く愛しい声をかき消した。
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