或る遊女の手紙

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 廊下の向こう側から、控えめな足音が聞こえてくる。 「あんた、そんなとこに座り込んでどげんしたとね?」  足音の主は、祖母だった。 「ねぇ、ばあちゃん。ばあちゃんは幸せだった?」  顔を合わせずに訊くと、数瞬の沈黙が流れる。  意を決して祖母の顔へ目をやると、祖母はどこか遠くを思うような目をして微笑んでいた。 「幸せだったよ。世界中の誰よりも」  噛み締めるようにそう口にした祖母は、再びどこかへ行ってしまった。  私は手の中にある手紙たちに目を落とす。二通の文に綴られた偽りのない言葉たちが、私の心に積もっては問うてくる。  お前はどうだ?  現代社会は、果たして平等か?  そもそも『平等』が何たるかを知っているか?  男女間の闘争は見えているか?  人は、歴史から学んで前に進んでいるか?  考えずとも、答えは出た。  私は妻と上手くいっていない理由を真剣に考えていなかったし、その理由が自らにあるかもしれないという可能性を無意識のうちに考えないようにしていた。意識の自浄など、試みたことがなかった。  現代社会は決して平等ではない。なにしろ元号が二つも前に進んでいるのに、いまだ男女平等の旗印(はたじるし)は高々と掲げられたままなのだから。 『平等』が何たるかと問われれば、きっと私は辞書的な意味合いでしか答えられないし、女たちの闘争はニュースで男女の不平等が取り扱われたときくらいしか目に映らない。  そして人は、加速度的に技術を進歩させて生活を豊かにこそすれ、心の成長は技術ほど顕著ではない。  ふと、気持ちの悪い自問が頭をよぎる。  ついさっきまで、村の男たちは井の中でゲロゲロとわめく蛙だと思っていた。だがどうだ? 井の底を覗きこんだとき、水面(みなも)に映る私の顔は、はたして人であったか蛙であったか――。  荒ぶる呼吸を鎮めながら、ポケットからスマホを取りだすと、私は努めて心を落ち着かせ、妻へ電話を掛ける。  ややあって、妻は電話を取った。 「あ、あのさ――」  完
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