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『己が死期を悟りましたので、約七十年越しにあなたの手紙に返事を書こうと思います。まずは――』
故人の手紙を盗み見ることに罪悪感を感じ、思わず手紙を閉じる。
遺書のようで遺書ではないおかしな書き出しに困惑しながら、ふと思う。
今になって返事を書くということは、朝霧なる人物からの手紙も残っているのではあるまいか。
見てはいけないと知りながら、好奇心が勝手に身体を突き動かした。書物の間に指を挟み、封筒を探す。
死を前にした祖父が今になって返事を書いた理由が気になった。手紙の相手が気になった。――村でバカにされながら、ここで生涯に幕を下ろした祖父の心中が気になった。
だが時間をかけ、丁寧に本の隙間を調べても封筒などは出てこなかった。
自らの死に際し、処分してしまったのかもしれない。そもそも他人の手紙を勝手に盗み見るなど、プライバシーの侵害もいいとこだ。
そう思い、邪念を払うがごとく首を振り、再び絶版本を手に取っていると、背表紙側の見返しに茶色く煤けた紙が挟まっている一冊が目に留まる。
生唾を飲み込みながらページを捲り、紙を引き抜いてみると、それは丁寧に折られた便箋だった。便箋の片隅には、1946年2月1日と日付が入っている。
便箋を裏返すと、かなり崩れた字体ではあるが、『新島勇様』と記されている。言うまでもなく祖父の名だ。
私は静かに便箋を広げた。
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