或る遊女の手紙

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     ***  新島勇様  (ぬし)さん、その後お変わりありませんか。  学徒出陣の折、東京へいらしていた主さんと(まみ)えた時は、心臓が止まるような衝撃と記憶の彼方に封じていた恋の脈動を感じました。あたしを覚えていてくださったこと、言葉を交わしていただけたことも、本当にうれしかったです。  さて、昨年公娼(こうしょう)廃止指令なるお触れが出され、あたしの(くるわ)は解体されることと相成りました。籠の中の鳥であるあたしは、赤線区域へ送られるようです。  仕方ありませんよね。飛び方を知らぬ鳥が空へ自由を求めても、すぐさま地に墜ちて儚く死に喰われるだけなのですから。  分かっております。分かっているのですが、少しだけ夢を見てしまいました。主さんがこの地獄のような籠を壊して、あたしをその手で優しく包んで誰の手も届かぬ場所へ連れて行って下さるのでは、という決して叶わぬ夢を。  でも、夢には現実を変える力はありません。あたしはその夢を胸の片隅に抱えたまま、さらなる地獄へと参ります。今更抗おうとは思いません。  あたしは自らの運命に敗けたくはないのです。蔑まれようとも、見知らぬ男と何度(しとね)を共にしようとも、『かわいそう』というをかけられようとも、あたしはこの地獄を生きます。生きて、生きて、生きて、あたしはあたしの運命を完遂します。あたしは生き抜いて、運命に復讐するのです。  ただ、あたしと同じ境遇の女の中には、敗戦を皮切りに起こっている世の中の変化に希望を見出すものが居りました。かく言うあたしも、公娼廃止指令という言葉に小さな光を感じております。  近い未来、きっと男も女も関係ない社会が実現するのではないかと、淡い期待を抱かずにはいられないのです。だってそうでしょう。そうなれば、あたしのように地獄でしか息をすることができない女はいなくなるのですから。
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