或る遊女の手紙

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 はじめは揶揄われているだけだと思って無視しようとしたのですが、その声はふと懐かしい少女の姿を思い出させてくれました。  あなたを目にしたとき、驚いたと同時に、自分が情けなくなりました。  蒲公英(たんぽぽ)の種子が強風にあおられて遥か遠くへ飛んで行ってしまうように、あなたは僕の前から姿を消した。ところがどうでしょう。その種は飛ばされた先でたくましく地に根を張り、美しい花を咲かせていたではありませんか。  助けたかった少女を救えなかっただけでなく、その少女に声を掛けられて僕は救われた。郷里を駆けまわっていた頃の記憶が甦り、そんな故郷や、そこで暮らしている両親と許嫁を守りたい。そして今度こそあなたを守りたいと思えたから、戦地へ赴く覚悟が決まりました。  ところが運命というのは、そう生易しくはなかった。戦地に赴く直前、僕は肺を患い、武器を手に戦うことができなくなってしまった。鞘を失った刀のように、僕の覚悟は行き場をなくしたのです。――といっても、あなたは当時すべてを知っていたのでしたね。だから僕が田舎へ戻る直前に、店主があの手紙を僕の元へ届けてくれた。あの遊郭の店主は、その界隈では珍しく仁義を重んじる方だというのを耳にしたことがあります。僕が罹患した件をうっかり口にしてしまったのを、あなたに伝えたのだろうと察します。
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