或る遊女の手紙

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 ここからは村へ帰ってからのことを綴ろうと思います。  生きて故郷へ帰った僕を待っていたのは、称賛や歓喜などではなく、村の男たちからの投石と侮辱でした。 『国のために命を張ると決めた男が、何をのこのこと帰ってきちょるか!』と。  結局、その直後に日本は一敗(いっぱい)()に塗れてしまったのですから、結果はそう変わらないというのに、男たちは僕を悪罵し、蔑みました。  母は僕の帰還を心から喜んでくれていましたが、父は村の男たち同様、僕に言葉の暴力を浴びせかけました。そして――。  生きる理由を見失っていた時に、僕はあなたからの手紙を拝読いたしました。  今になって過去のことをあれこれ言うのは少々卑怯な気もしますが、あの時、色街のはずれで言葉を交わしたときに、あなたを無理やりにでも連れ出せばよかったと後悔しました。また救えなかったのかと、己の無知と無力さに腹が立ちました。  でも、それだけではなかった。あなたの手紙は、丸まっていた僕の背中を押し、戦うべき相手を教えてくれていた。戦争は終わったが、闘争は終わっていないと教えてくれた。  僕は鞘を失った刀の切っ先を、自国の前時代的な風潮へ向けることにしました。偉そうに振る舞う男たちを反面教師にし、愛するものと寄り添うために慎ましく強くあろうと心に決めました。
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