司書見習いの来店

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司書見習いの来店

ゆっくりと重たい扉を押し開け、彼は緊張した面持ちで店の中を覗き込んだ。上げ下げ窓から柔らかく午後の光が差し込む店内には整然とペンやインクが並べられ、奥のカウンターにいた店主が来客に気づいてふと顔をあげる。さらりと背を滑る長い髪に、薄暗い店の中で淡く光を帯びたようなかんばせに目を奪われる。穏やかな切れ長の双眸に見つめられて、彼はとたんにどぎまぎして帽子を脱ぐと頬のあたりで切りそろえた断髪を撫でつけ、視線をさまよわせた。 店主はカウンターに寄りかかっていた長身を起こし、花びらを含んだように淡く色づいた唇を「いらっしゃい」とほころばせた。彼は引き寄せられるように店内に足を踏み入れ、脱いだ帽子を胸の前で握りしめる。 「あ、あの」 からからの喉から声を絞り出すと、店主は安心させるように微笑みかける。 「話には聞いていますよ。司書見習いになった、藍墨兎(らんぼくと)でしょう」 藍墨兎は思いがけず自分の名を呼ばれて飛び上がるかと思った。歌うように紡がれると、自分の名前でさえ甘美な響きを帯びるようだ。「はい」とひっくり返った声で返事をする。 「図書館長から、きっと苦労をするだろうからよくよく面倒を見てやってくれと念を押されてしまって。さあ、かけてください」 カウンターで帳簿でもつけていたらしい店主は冊子や紙を片付けると、藍墨兎に椅子を勧めた。応接用にしつらえてあるらしい椅子と机はこまやかな細工が施されていて、そこに座ると急に自分がみすぼらしい人間になったように感じる。図書館に迎え入れられてから洋服もあつらえて、見た目だけでも一人前になったと思ったのに。藍墨兎は唇をかみしめた。 奥からお茶の支度をすませて出てきた店主は机に茶器を置くと、藍墨兎の対面に座って軽く頭を下げた。 「はじめまして、この文具店の店主をしています。連珠(れんじゅ)、とお呼びください」
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