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文学を守る戦い
宜苑の町に西洋人が足を踏み入れてから十年ほどになる。かつてはのどかな港町だった宜苑は、弱体化した王朝が戦争に負け、その戦利品として西洋人の手に渡ってからめざましい発展を遂げた。良いものも悪いものもあらゆる商品を流通させる中継地点として水運の要となる場所に位置する宜苑には競うようにさまざまな国が租界をつくり、いまは四つほどの国がそれぞれの租界を統治している。とはいえ、租界ごとの境を越えてしまえば犯罪者を追うこともままならない場に秩序などはなく、信頼できるものといえば夜の闇を支配する黒い組織の掟くらいだ。租界も四つとはいえ、はっきりと土地を持たない国の人々も流れ込んでは居つき、または闇に消えていく。混沌の魔都は東洋に浮かぶつややかな黒真珠にたとえられ、恐れとともに人々を惹きつけてやまない。
めまぐるしい混沌の中で、消えゆこうとしていた東洋の知を集積し保全する図書館を立ち上げたのは、皮肉なことに西洋人であった。各国の宣教師団から言語の得意を選りすぐって司書とし、集めた書物を所蔵し研究する。「宜苑図書館」とそっけなく名付けられたその施設は、知を守るための最前線であった。
その宜苑図書館に、東洋人としてはじめて司書見習いに迎え入れられたのが藍墨兎である。かつての名家に生まれた少年は幼いころからいにしえの知をたたき込まれ、家は落ちぶれても東洋の書物についての知識で西洋人に負けるはずもないと思い込んでいた。しかし、その鼻っ柱は一瞬にしてへし折られ、自信は粉々に打ち砕かれた。どれほどの経典、書物、詩歌を暗唱できようと、それらを有機的につなぎ合わせ解釈を紡ぐことができなければ、「司書としては戦えない」。
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