文学を守る戦い

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うなずきあい、司書たちと藍墨兎は宜苑の街を駆け出した。すすけた街は日没を見送り、薄闇の中にぽつぽつと灯りをにじませている。街角にわだかまる暗がりごとに、何か良からぬものが潜むのだと言われても信じてしまいそうな妖しい宵だ。東洋の黒真珠がつやめくのは今、まさにこのとき。命あるものも、形なきものも、なにもかもが混沌の中にまじりあい、とけあって、闇に消える命もあれば、暗がりから形をなして現れるものもある。 「いたぞ、《散逸》だ!」 赤毛の司書が声をあげ、路地の壁を蹴ってテラスに跳び登った。路地の奥にたたずんでいた男がゆっくりと煙草の煙を吐き、細く伸びた煙が鋭く飛んでテラスの司書に襲いかかる。司書は舌打ちをして煙をノートで払いのけた。男は振り返り、体の中から爆発的に黒いもやをあふれさせた。 ——らない……いらない……不要だ………… どこからともなく声が聞こえてくる。藍墨兎はあたりを見回した。声は四方八方からまるで取り囲まれているかのように聞こえる。 「小兎子、よそ見をするな。《散逸》はあそこだ」 金髪の司書が手を差し伸べると、ノートが光を放ちながら空中で開く。懐から万年筆を抜き取り、ノートに走らせると光があふれて一角獣が形をとり、いなないた。 黒いもやをまとった男が忌まわしげに煙草をふかすと、もやがゆるりと渦を巻いて形をなし、無数に鎌首をもたげてのたうった。一角獣がしなやかに跳ねて迎え撃つ。テラスの司書もノートにペンを走らせ、光の獅子が《散逸》めがけて襲いかかった。獅子の爪がもやを引き裂く。もやの中心にいる男の姿をした《散逸》の核はよろめいた。 ……なんになる…………の役に立つ……捨てなければ、前に進めない…… 声は響き続けている。もはや頭の中に直接響いてくるようだ。顔をしかめて頭を押さえた藍墨兎の背を、黒髪の司書が支えた。 「聞こえるだろう? あれが《散逸》の声だよ」
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