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車を走らせて、30分くらいだろうか。都会の真ん中に近づいていく。豪華な建物が連ねる中で、一際目立つ大きな建物があった。でかいなぁと思っていると、車が止まった。
「着いたよ。さ、狼人くん降りて」
男にそう言われ、車から降りる。オレが連れて来られたのは――先ほどでかいなと思っていた建物の表門だ。
「…は?」
唖然と立ち尽くすオレに男は、「ようこそ、僕の家へ」と言ったのだった。
「え、これが家?」
表門がとにかくでかい。ていうか、表門から家までが遠い。
「とにかく、中においで」
オレは言われるがまま、男についていく。
「まじかよ」
中に入ってみると、目の前に長い階段がある。上にはキラキラとした照明がいくつかあった。《隔離区域》と違って華やかな世界。
これが人間の世界というものか。
男に案内され、ある部屋に入った。本がたくさんあり、資料などが棚に並んであった。いわゆる、書斎室だろうか。
「さて、狼人くん。そろそろお話をしようか」
椅子に座り、有無を言わせない笑顔で男は言った。
オレは直感した。この人を怒らせたらやばい、と。
「本題に入る前に、改めて僕の名前を紹介するよ。竜王尚樹だ。尚樹さんと呼んでね」
何故、名前呼び?ま、いいけど。
「さ、本題に入ろうか。前に、君はどうして助けた?って聞いたね」
「あぁ」
真剣な表情で話し始める尚樹さんに、オレは姿勢を正した。
「君は君の意志で《あそこ》から出たんだろう?」
「あぁ」
「僕はそれを手助けしただけに過ぎないよ」
机の上で腕を組んで、優雅に微笑む尚樹さんはどこか悲しそうに見えた。
「ねぇ、狼人くん。質問してもいいかい?」
この人はいつも突然だな。
そう思いつつも、返事をした。
「なに?」
「狼人くん、人間が嫌いかい?」
尚樹さんの質問にお母さんの言葉が脳裏に浮かんだ。
『ねぇ、狼人』
お母さんの赤い髪がキラキラと輝く。周りの人間は「醜い」と言う。でも、オレはその髪がとても美しいと思ったし、大好きだった。
『ん、何?』
『ここにいる人間はとても愚かなのかもしれないわね』
お母さんは盗み、暴力をする人間を見て、そう言った。
『でも、ここにいる人間だけが悪なわけじゃない。世界は広いんだから、いつかあなたが本当に心から信頼できる人間が現れるかもしれない。好きになれとは言わないけど、嫌いにはならないであげてね』
優しく微笑むお母さんの顔がどこか、哀しそうに見えた。優しくも強かったお母さんの姿が今でも鮮明に覚えている。
「…別に」
「じゃぁ、好きかね?」
『好き』という言葉にオレは過敏に反応し、思わずキツイ言い方になってしまう。
「それだけはねぇ」
そんなオレの答えに尚樹さんはただ、「そうかい」と言うだけだった。
二人だけの部屋にノック音が響いた。入ってきたのは、執事だった。長身で、整えられた黒髪に黒縁の眼鏡をした男だ。
「失礼します。尚樹様、紅茶をご用意いたしました」
丁寧な口調でテキパキに動く執事。
「あぁ、ありがとう」
「狼人様にはホットミルクをご用意いたしましたが、大丈夫ですか?」
急にそう聞かれて、「へぁ!あぁ、どうも」と変な声が出てしまった。すると、ニコと優しく執事に笑われた。
「では、私はこれで」
執事は部屋から出て行った。
「で、何が言いたいんだよ」
「さすが、勘がいいね」
紅茶を優雅に飲む尚樹さん。
「実はね、君のお父さん…神狼から君のことは聞いていたんだ」
「お父さんから?」
「うん。神狼はこう言ったんだ。『オレの子、狼人はいつか《あそこ》から脱出するだろう。その時には、狼人の手助けをしてほしい』ってね」
尚樹さんはジッとオレの顔を見つめたかと思えば、「ふふっ」と笑い出した。
「…君は本当にあいつに似ているね」
『あいつ』というのは、お父さんのことだろうか。
「…そう」
尚樹さんとお父さんが友達というのは、間違いないだろう。だって、オレのお父さんの話をする時、尚樹さんは優しい顔をして話すものだから。
「ま、僕は別の目的もあって君を手助けしたわけだが」
「目的?」
「そう」
尚樹さんは椅子から立ち上がり、オレのもとまで歩いてくる。
「今から、君を何でも屋に任命する」
「―――はっ?」
「何でも屋。依頼されたことは何でもやる。それが君の仕事だ」
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