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さっきまでなかった月が現れた。それも大きな満月。月明かりがあたしたちを照らす。
「…え」
今、あたしは信じられない光景を目の当たりにしている。
「…オオカミ?」
今、目の前にいるのは黒くて大きいオオカミ。しかし、見覚えのある黄金色の双眸。まさか――…。
「クロちゃん…?」
「いいから、オレの背中に乗って!」
オオカミ…クロちゃんはあたしに怒鳴ってきた。あたしは慌てて、クロちゃんの背中に乗る。
風のような速さで、森の中を駆け巡っていくクロちゃん。森から抜け出したと思えば、そこは崖で―――
「いやぁぁぁぁ!!!」
そのまま、崖から飛び降りるクロちゃんに悲鳴を上げた。崖から川へと飛び降りた。
「…玲さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ…」
頭の中で処理が追いつかない。オオカミはクロちゃんでクロちゃんはオオカミ?
「降りて」
「あ、はい」
背中から降りると、オオカミはクロちゃんへと戻った。
「説明は後」
「分かったわよ。それよりも、今は目の前にいる怪物を倒してからにして」
唸り声を上げて、あたしたちを鋭い目つきで見てくる黒い怪物。
「了解」
クロちゃんは小さな身体でそのまま怪物に向かって、歩き出す。怪物はクロちゃんに噛み付こうとし、大きな口を開けた。それをひらりと空を舞ってかわすクロちゃん。そして、そのまま怪物の背後を取り、華麗な蹴りを入れる。その動作1つ1つが―――美しい。
大きな音を立てて、倒れて行く巨体。
「クロちゃん、強いのね」
「まぁ。鍛えられたからね」
これで一安心かと思いきゃ、また獣たちが集まってきた。クロちゃんはため息を吐いて、「オレから離れないで」と言ってそのまま獣たちを倒して行く。あっという間に倒したクロちゃんにあたしは驚愕する。こんな小さくて細い少年がこうも簡単に敵を倒すなんて…。
「クロちゃん、君は一体何者なの?」
サァッと風が吹いた。クロちゃんはゆっくりと狼のお面を外した。黄金色の双眸がさっきよりもより一層ギロリと光った。あたしは息が止まった。
大きな瞳。雪のように白い肌。綺麗な鼻筋。赤くてふっくらとした唇。そして、右頰に目立つ大きな傷。その美しい容姿に、息が止まる。こんな綺麗な子がこの世に存在するのか、と思った。
「オレは獣でも人でもない。オオカミと人間の間に生まれた、半人間だ。そして、男でもなく女でもない」
淡々と話すクロちゃんの顔は哀しそうだった。きっと、この子は今まで酷いことを言われてきたのだろう。虐げられてきたのだろう。それでも、凛としてそこに立っている。
「クロちゃん」
「…あなたもオレを化け物と呼びますか?」
その声はひどく弱々しくて。
「ううん。あたしを助けてくれて、ありがとう」
目を大きく見開くクロちゃん。いつか、零れ落ちそうだ。
「改めて、よろしく」
クロちゃんは嬉しそうにはにかみ、「よろしく」と言った。
「さぁ、いよいよ獣村に行くわよ!」
「うん」
クロちゃんはまだ何かを抱えている。けど、クロちゃんが言ってくれるまであたしは待つ。 あたしの前で歩く、クロちゃんの小さな背中を見る。こんなに小さな背中だったんだ。あたしが足を止めたのを、気付いたのか、クロちゃんが振り向いた。いつの間にか、狼のお面を付けていた。
「玲さん?」
「…ううん、行きましょう!」
あたしはボロボロになったハイヒールを脱ぎ捨て、獣村に向かった。
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