5:護衛

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 さっきまでなかった月が現れた。それも大きな満月。月明かりがあたしたちを照らす。  「…え」  今、あたしは信じられない光景を目の当たりにしている。  「…オオカミ?」  今、目の前にいるのは黒くて大きいオオカミ。しかし、見覚えのある黄金色の双眸。まさか――…。  「クロちゃん…?」  「いいから、オレの背中に乗って!」  オオカミ…クロちゃんはあたしに怒鳴ってきた。あたしは慌てて、クロちゃんの背中に乗る。  風のような速さで、森の中を駆け巡っていくクロちゃん。森から抜け出したと思えば、そこは崖で―――  「いやぁぁぁぁ!!!」  そのまま、崖から飛び降りるクロちゃんに悲鳴を上げた。崖から川へと飛び降りた。  「…玲さん、大丈夫?」  「大丈夫じゃないわよ…」  頭の中で処理が追いつかない。オオカミはクロちゃんでクロちゃんはオオカミ?    「降りて」  「あ、はい」  背中から降りると、オオカミはクロちゃんへと戻った。  「説明は後」  「分かったわよ。それよりも、今は目の前にいる怪物を倒してからにして」  唸り声を上げて、あたしたちを鋭い目つきで見てくる黒い怪物。  「了解」  クロちゃんは小さな身体でそのまま怪物に向かって、歩き出す。怪物はクロちゃんに噛み付こうとし、大きな口を開けた。それをひらりと空を舞ってかわすクロちゃん。そして、そのまま怪物の背後を取り、華麗な蹴りを入れる。その動作1つ1つが―――美しい。  大きな音を立てて、倒れて行く巨体。  「クロちゃん、強いのね」  「まぁ。鍛えられたからね」  これで一安心かと思いきゃ、また獣たちが集まってきた。クロちゃんはため息を吐いて、「オレから離れないで」と言ってそのまま獣たちを倒して行く。あっという間に倒したクロちゃんにあたしは驚愕する。こんな小さくて細い少年がこうも簡単に敵を倒すなんて…。  「クロちゃん、君は一体何者なの?」  サァッと風が吹いた。クロちゃんはゆっくりと狼のお面を外した。黄金色の双眸がさっきよりもより一層ギロリと光った。あたしは息が止まった。  大きな瞳。雪のように白い肌。綺麗な鼻筋。赤くてふっくらとした唇。そして、右頰に目立つ大きな傷。その美しい容姿に、息が止まる。こんな綺麗な子がこの世に存在するのか、と思った。  「オレは獣でも人でもない。オオカミと人間の間に生まれた、半人間だ。そして、男でもなく女でもない」  淡々と話すクロちゃんの顔は哀しそうだった。きっと、この子は今まで酷いことを言われてきたのだろう。虐げられてきたのだろう。それでも、凛としてそこに立っている。  「クロちゃん」  「…あなたもオレを化け物と呼びますか?」  その声はひどく弱々しくて。  「ううん。あたしを助けてくれて、ありがとう」  目を大きく見開くクロちゃん。いつか、零れ落ちそうだ。  「改めて、よろしく」  クロちゃんは嬉しそうにはにかみ、「よろしく」と言った。  「さぁ、いよいよ獣村に行くわよ!」  「うん」  クロちゃんはまだ何かを抱えている。けど、クロちゃんが言ってくれるまであたしは待つ。 あたしの前で歩く、クロちゃんの小さな背中を見る。こんなに小さな背中だったんだ。あたしが足を止めたのを、気付いたのか、クロちゃんが振り向いた。いつの間にか、狼のお面を付けていた。  「玲さん?」  「…ううん、行きましょう!」  あたしはボロボロになったハイヒールを脱ぎ捨て、獣村に向かった。
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