漆黒の狼

1：悲劇

　オレは《隔離区域》で生まれ、育った。《あそこ》に住む者は人であり、人ではない。息をするかのように人を騙し、殺し、喰らう。《あそこ》では生きることだけを考えなければ、生き残れない。

　騙す、騙される。

　奪う、奪われる。

　殺す、殺される。

　喰う、喰われる。

　そんなことが当然のように起きているのだから。

　オレは《あそこ》で生きる術を手に入れ、《あそこ》で生きることをやめた。だから、10歳の時、オレは《あそこ》を出ることにした。
　オレの決意を嘲笑うかのように、月が嫌なくらい強く光っていたのをよく覚えている。

　決意を固めてから、時が経ち、意外な形で《隔離区域》を抜け出すチャンスは訪れた。25年前にできた《隔離区域》。犯罪者、獣人間、怪物などの国にとって不要な“モノ”を捨てるという意味不明な政策。しかし、半年前、政府はこの際日本から都合の悪い“モノ”を殺してしまおうという自分勝手な理由で《隔離区域》の住人を殺して、《隔離区域》の存在を跡形もなく消し去るという《隔離区域強制抹消案》を執行することになったのだ。その時、オレは12歳になっていた。あの決意から2年も経っていたのだ。
　政府は《隔離区域》が日本から根絶されれば、日本は平和になると考えたらしい。少数の人を、多数の人を救うための犠牲にするということだ。誰かが得したら誰かが損する、この世界では当然のことだ。そして、様々な人の合意と協力の上、半年後、《隔離区域強制消去案》が執行された。作戦はわずか1日も経たず、幕を閉じた。

　《隔離区域》の惨敗という形で。

　政府は事前に潜り込ませていた工作員を使い、何者かの協力の元、《隔離区域》に爆弾を仕掛け、爆破した。
　その日はいつもよりも明るい日だった。誰もが変わらぬ日常の始まりだと思ったに違いない。誰一人としてこんな結果になるとは、思わなかっただろう。足元を埋め尽くす家屋の残骸、黒煙の臭い、血の臭い、悲鳴、人の死骸。そんな中、パラパラと崩れ落ちる建物の近くに、ある男が平然と立ち尽くし、興奮しスマホのカメラを向ける愚かな住人に向けて、静かな響く声で、語っているのを目にした。

　「見よ、愚かな人間ども。これが国の崩壊。その始まりに過ぎない。この戦争で生まれた憎悪の連鎖が止まることはない。。その連鎖は誰にも止められない。人間は堕ちるところまで堕ちないと気付かない。大切なものはなんなのか。日常が永遠に自分のそばにあると信じて疑わないこと。それはいつ失うか分からないこと。奪うものは常に存在する。些細なことで、全てを一瞬で失ってしまうこともある。そして、絶対後悔するのだ。自分の過ちを。それが人間だ」

　その男の顔は何故か、悲しそうに見えた。

　泣き叫ぶ声。狂ったような笑い声。カメラのフラッシュ音が入り交じった《隔離区域》はオレが見てきた中で最も悲劇だった。