クレッシェンド

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 窓の外を見ると雪が降っていた。初雪だ。  思わず窓を開けて、手を伸ばし掴もうとする。だがそれは儚くも指先で溶けた。掴もうとしても掴めない。私はそれが何かに似ていると思ったが、何なのか思い出せなかった。  ベッドに戻るとあなたは健やかな寝息を立てていた。  目覚めたらきっと自宅に帰ってしまう。そうしたら私はまた寂しい夜を過ごさなくてはならない。 今年のクリスマスや正月も私一人で過ごさなくてはならないの? そう考えると寂しさが溢れて来た。私は何も贅沢なことなんて望んでいない、ただ、一緒にいたいだけ。もう一人は嫌。  あなたの太い首にネクタイをかけ、じわじわと力を入れる。私がさっきあげた青いシルクのネクタイが食い込んでいく。きっとあなたは使ってはくれない。だから私が今あなたのために使ってあげる。  あなたは抵抗するけれど、私はその手を緩めない。むしろクレッシェンドのように段々強めていく。あなたの抵抗と私の力が共振していき最高潮を迎えると、私の中で達成感が広がった。その時、思い出したの。掴もうとして掴めなかった存在があなただったことを。  でも、今、私はあなたを手に入れた。これからはずっと一緒よ。  私は、また、窓の外を見た。街は雪化粧を始めていた。窓を開けて手を伸ばして雪を掴もうとする。指先で溶けていくが、絶え間なく降る白く美しい雪。触れていると自分の手が清められていくように感じる。  雪はクレッシェンドを奏でるようにだんだん強く降ってきた。明日の朝には、降り積もる雪が一面の銀世界を見せてくれるだろう。これまでとは違う新しい別世界。その光景を想像し、私は静かに微笑んだ。
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