降り積もる殺意をも受け止めて

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 母子家庭ならぬ父子家庭で、私は育った。  一歳の時、母は他界した。それから父は一人で私を育ててくれた。仕事と家事を両立しながら、私に最大面の配慮をして育ててくれた。  父は私のどんな感情をも受け止めてくれる。  私が苦しんでいる時はその苦しみの半分を背負ってくれて、私が泣いている時は父も一緒に泣いてくれる。楽しい時は一緒に楽しみ、ゲラゲラ笑っている時は一緒に笑ってくれる。 「ーーお父さん、大好きだよ」  こんな父のもとで生まれて、私は幸せだ。  だから世界中の人が敵になってもーー 「ねえねえ鳥居跡(とりいど)さん、今までいじめてた対象がいなくなっちゃったからさ、代役してくれない」  ーーああ、世界は私に牙を剥く。  今までずっと仲良くしていた相手が、急に敵へと回った。  これまで築き上げてきた友情がまるで嘘のように、残酷に、無慈悲に私は赤春(せいしゅん)を謳歌する。 「鳥居跡さんって面白いね」 「面白いからっていじりすぎでしょ」 「マジウケる」  でしょ。  私はいつからか、こんなどん底にも慣れていた。  今までずっと見続けてきた光景が、いつからか自分も体験していたから。動物に憧れ続けた少年が動物になるように、私も違う何かに変わり始めていた。  冬のある日、雪が庭一面に降り積もっていた。  それを見て、私の心にも何かが積もり始めていた。  雪のように降り積もり、心の一面を覆ってしまうほどの何か。白い雪を赤く染める感情が、私の全身に衝動のように駆け巡っていた。 「先生、鳥居跡さんがーー」  拳には赤い血が流れている。滴り落ちる血が向かうは、顔から血を流して倒れているかつての友達。  血染めの景色を見て、ようやく私は気付いた。  ーーこの感情が殺意なんだ。  殺意が降り積もる。  積もり積もって塊となった殺意を向けた時、私の心は晴れ模様。美しく、赤く染まった(色褪せた)気分だ。 「初子(うぶこ)、お前は何をしたんだ」  焦る父の表情を見て、私は思わず笑みを浮かべた。  これまでどんな感情をも受け入れた父が、今初めて脅えている。 「父さん、父さん、父さんーー」  ーー降り積もる殺意をも受け止めて  血だまりの中に私は浸かっていた。  これまで温かかった父の温もりは、初めてぬるま湯に変わった。 「ーーねえ、父さんはどうして苦しそうにしているの?」
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