第九話 非労働者

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第九話 非労働者

「聞こえる?」  イヤホンから声が聞こえてくる。  ポステリタスのオペレーターだ。 「ええ、こちら千織。良く聞こえます」 「同じく朱美、良く聞こえます」  声の主に正常である事を伝える。 「そこから少し東へ向かってください。  今回彼等の標的は藤田絵里という女性。  勤めていた会社が借金を抱えて倒産。  彼女はストレスで働けないまま二週間が経っています。  今回の任務は彼女を監督官から助け出す事と洗脳され監督官になってしまった西岡咲貴の奪還です。  洗脳されている今の彼女は敵です。  知っている人間だからと油断しないで、多少の傷は直ぐに回復出来ますので必要とあらば銃で撃ってでも連れ帰ってください」  彼女を撃つなんて私にできるだろうか?  それでも助けなければならない事は理解しているつもりではあるが……。  死んだと思っていた友人が生きていただけでも嬉しい事ではあるが、早く助けなければ手遅れになってしまうのも事実だ。 「了解しました」  私は朱美と二人で夜の街を走った。  メインの通りから一本入った薄暗い路地でスマホの着信音が鳴り響いているのが聞こえてきた。 「アレは?」  拾い上げると画面はバキバキに割れ、見にくくなっていたが「堀江明日香」と表示されている。 「どうやら、藤田絵里のスマホの様です。  彼女のスマホGPS情報と一致します。  その近辺に居る筈です。  急いで探してください」 「了解しました」  このスマホの状況を見るかぎり一刻も早く助けなければまずいと判断し、二手に分かれる事にした。 「何か情報はないの?」  アテなく探すのも難しく、オペレーターに確認する。 「そのスマホの着信履歴から六分四十秒前まで、表示されている堀江明日香と接続されていた事が分かりました。  本当にすぐ近くに居ると思います、急いで!」  私は走った。 「弱者はいつも一方的に奪われる存在で、今更そんな当たり前の事を問うて何か変わるとでも言うのですか?」  西田と咲貴だ……。  早くしないとあの子が連れて行かれる。 「標的を発見……対処します」  気付かれない様に小さい声で伝える。 「了解。  朱美さんは千織さんの所へ急いでください」  奴等はまだこちらの動きには気が付いていない様だが、朱美を待っている余裕はない。  彼女に銃を向ける西田に引き金を引くと、闇夜に銃声が響いた。  背後から背中を撃たれた彼は悶え、地にうずくまる。  咲貴に構え直すと、西田が倒れた時に落とした銃を遠くへ蹴り飛ばす。 「咲貴、やっと会えた……」  彼女もまた私に銃を向ける。 「千織、私も会いたかったわ。  でも残念、公務執行妨害で私に殺させるなんて……」  私に銃を向けたまま一歩また一歩と距離を詰められる。 「やめてよこんな事。友達でしょ?」  その一言で彼女の脚が止まる。 「違うわ……」 「え?」 「私は労働基準監督官で貴方は法を犯し、秩序を乱す犯罪者。  いくら友人だからと言っても罪を犯す人間と仲良くなんてできない。  寧ろ悪い事をする友人がいたら止めるべきでしょ?  働く気がないのは罪、それを庇うのも罪。  罪を犯したからには償うべきだと思わない?」  だめだ、完全に洗脳されている。 「ちょっと待ってよ……」  彼女に向かって引き金を引く事ができない。  咲貴は顎で絵里さんを指して言う。 「じゃあ聞くけど、あなたは彼女にどれほどの価値があると思う?  働かないのだから何の生産性もないでしよ?こんな子が居るから、日本経済は破綻して以来回復しないのよ。  彼女を助ける事に何のメリットがあるの?社会には不要な存在よ」  咲貴がそんな事を言うなんて……本心ではないと分かっていても腹が立って感情が高ぶる。  それでも引き金を引く事ができない。 「やはり貴方には撃てないのね?  そんな覚悟で私を止められるとでも思ったの?」  彼女が放った弾丸は左膝より少し下をかすめる。  地に崩れる私に近付くと頭に銃口を突き付けた。  まずい、即死したら流石に回復は不可能だ。 「公務執行妨害よ。  あなたの理想であるベーシックインカムが実現できなくて本当に残念だった。  さようなら……」  銃声が響く。 「大丈夫?だから油断するなと言ったのよ!  彼女を助けるんでしょ?」  目を開くと咲貴は左肩から出血している。 「千織は絵里さんを!」  朱美の言葉で正気に戻り、へたり込む絵里さんの手を引いて物陰に身を隠した。  脚の痛みと体力の消耗で息が上がっていて動く事ができなかったが、後ろでは咲貴と朱美が銃撃戦を繰り広げ、銃声が何発も響いている。 「大丈夫ですか?あなた達は何故私を助けてくれるんですか?」  そう思うのは当然だろう。  世間的には法で殺される事になっているのだから、誰も助けになど来るとは思っていない筈だ。 「話せば長くなるので後で説明します。  それにこのダメージではそれどころでは……」  彼女は頷き、脚をハンカチで縛ってくれた。 「取り敢えず血は直ぐに止まると思います」 「ありがとう」 「いえ、お礼を言うのは命を助けてもらった私の方です」  朱美が気絶した咲貴を背負い、私と絵里さんの所に戻ってきたのは少し後の事だった。  咲貴の身体には銃弾がかすめた跡や刃物で切った跡が複数見受けられる。  それに対して朱美の身体はほぼ機械な分、痛みもない様だった。 「私の到着が少し遅れてたら死んでいたぞ!  油断するなとあれほど言っただろ、帰ったら説教してやる」  人差し指でオデコを小突かれる。 「お疲れ様でした。  ヘリを用意しましたので、回収ポイントにお願いします」  了解した事を伝え、朱美は咲貴を背負い直す。  代ろうか?と問うと、お前は脚を痛めているのだからと拒否された。 「あの……命を助けていただいておいてこんな事を頼める立場で無いのは十分に理解していますが、五日後に私の親友も彼等に殺されます。  彼女も助けて貰えないでしょうか?  お願いします」  深々と頭を下げられ、私の力で手伝える事なら助けてあげたいと感じたが、基地に帰ってみないと何とも。 「それって、堀江明日香さん……?」  彼女は驚いてこちらを見た。 「どうして知っているんですか?」  酷く割れたスマホを差し出した。 「コレ、ずっとその名前が表示されて鳴りっぱなしだったから……」  少しの沈黙が続き、回収ポイントに向かって歩こうとしていた時、 「おい……待て……」  三人は背後から聞こえる声の方に振り向いた。  倒れたままこちらを見ている西田だ……。 「やはりそうか……お前、咲那だな?母さんは元気か?」  どういう事だ?  咲那って?  奏様から聞いた、私の本当の名前? 「あなたは誰?  母さんって?」 「敦子の事だよ……。」  敦子?それって……。 「どういう事?」  気絶していてそれ以上の反応はなかった。
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