第十話 ポステリタス

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第十話 ポステリタス

「以上で報告を終わります」  西岡咲貴の奪還と藤田絵里の保護に成功したという内容だった。 「千織、まだ何か言いたそうね?」  考え事をしていて上の空になっている私に声をかけたのは奏様だった。 「いえ、何でもありません」  西田は私の事を知っている様だった。 「何でもなくはないでしょ?話してみなさい……」  動揺していて話がまとまらない。  今まで友人の仇としか思っていなかった彼は私と繋がりが?  奏は気を使って会議を終わらせ、私に残る様に指示した。 「言いたい事があるならハッキリ言いなさい。黙っていたら何だか気持ち悪いわ」  そう言われて話がまとまらないまま疑問に思っている事を聞いてみる事にした。 「西田とは何者ですか?  彼は私の事を咲那と呼びました。  それに敦子って誰です?」  彼女はため息をついて椅子から立ち上がる。 「聞いてはまずいことでしたか?」 「いえ。でも少し長い話になりますよ?」  やはり彼女は知っていたのか?  まだ私の知らない話があるという事なのだろうか? 「構いません。教えてください」  彼女は深呼吸する。 「では、少し昔話をしましょうか……」  そう言って語り始めた。  二〇二〇年に起こったウイルスのパンデミック騒動で経済的にダメージを受けて世界恐慌に突入した。  各地でテロや暴動が頻繁に起こっていた頃、私の父は小さな町工場を経営していた。  生活は苦しかったけどとても幸せで、私の母とあなたの祖母である素子さんは小学生からの親友だった事もあって西岡家と夜神家は家族ぐるみの付き合いをしていた。  勿論私とあなたの母である夜神敦子も幼い頃からの親友。  そんなある日事件が起こる。  素子さんがパートで働いていた金属加工メーカーが経営不振により倒産した。  私の家庭も生活に余裕があった訳ではないけれど、何とか助けたくて父は彼女を雇う事に。  職を失うという事は収入がなくなるだけではなく、非労働者処置法によって二週間後に殺される事を意味しているから。  でも、迷惑をかけたくないからと申し出を断られてしまった。  ある時、学校から帰ると父は彼女と電話が繋がらないから様子を見て来るようにと私に言った。  幼かった私はいつもの様に遊びに行くついでくらいの軽い気持ちで敦子の家に向かった。  彼女宅が近づいてくると「母さん!」という叫び声が何度も何度も聞こえてきて、私は急いで玄関を開けると、そこにはロープで首を吊る素子さんの姿とそれを見て泣きながら母を呼び続ける敦子の姿があった。  未だにあの日の事は信じる事ができないのよ。  私にも優しくて素敵だった素子さんがあんな事になるなんて……。  しばらく理解が追いつかなかったけれど絶望感に潰されそうになっている親友を見ているとそんな事を言っている状況ではなく、泣き叫ぶ彼女を抱きしめた。  少し落ち着かせてから床に転がる素子さんのスマホで家に電話をかけようとしたけれど、 「お客様の都合で繋ぐ事ができない」というメッセージが何度もリピートされるだけだった。  料金の未払いで通信は切断されていた。  後になって分かった事だけど、素子さんの身体は生活できていた事の方が不思議なくらいズタズタでボロボロだった。  娘の為に痛みに耐えて働き続けていたのは明白だ。  彼女の遺書には娘を育てて欲しいと書かれており、費用として地道にコツコツと貯められたお金が用意されていた。  身体がボロボロで働ける状況では無い事を悟っていた彼女は監督官が自分を殺しに来る事を理解していた。  彼等から娘を危険な目に合わせまいと自らの死を選択したと遺書に書かれていた。  そうして、敦子は西岡家に居候することとなり、私達は楽しい時も苦しい時も共に姉妹の様に育った。  後に私達は共にポステリタスを作る同志となる。  労働基準監督官の西田は私達が山岳部に拠点を作った頃に奴らの襲撃から貴方の母さんを庇って撃たれた。  彼は貴方の父親よ……。   「皆谷さん、交渉は決裂という事ですね?」  壁に隠れながら話す。 「ええ。やっぱりあなた達のやり方は間違っている。  厚生労働省のやり方の様に非労働者が殺されないにしても、捕獲されて死ぬまで働かされる奴隷生活に未来なんてない」  彼が撃ってくる銃弾から隠れつつ、会話は続く。 「死ぬよりはましでしょ?  それに彼等にとっては労働力を提供でき、社会に貢献できるって本望だと思いませんか?  日本人は真面目だから……」  その真面目さが日本をダメにしてきた。 「コレからの時代は人間ももっと自由になるべきだわ」 「だから働く事を否定すると?」  銃声が止んだタイミングで、壁から身を乗り出して応酬する。 「働く事を否定するつもりはない。  でも生活を維持するためや、厚生労働省に殺されない為に働くなんて間違っている。  多くの人間が労働のストレスで心を病み、労災によって肉体や精神にダメージを受けてきた。  酷い場合にはストレスで自殺する人だっている。  もはや労働は死と同義よ!」  奴は隠れながら銃に弾を込める。 「だが、働かないとこの破綻した経済は回復しない」  何を馬鹿な事を言っているんだ。  その考えこそがこの社会をストレス地獄にしている原因じゃないか。 「そう思わされているだけよ。  現にベーシックインカムを導入した国は軒並み経済が回復している。  働けば豊かになれるなんて、そんなの昔話よ。  そう考えるのは高度経済成長時代の名残……」  やりたくもない仕事をし、長い間サービス残業や上司のパワハラに耐えてきたからこそ生活の為に我慢が美徳化されている風潮は肯定できない。 「どうやらこの話し合いは何処まで行っても平行線の様だ……」  そんな言葉が発せられた次の瞬間、手榴弾が足元に転がってくる。 「こっちへ」  明日香さんの手を引き、その場を瞬時に離れるが彼女を庇ったせいで間に合わない……。  次の瞬間、それは爆発する。 「大丈夫ですか?」
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