第十二話 救出

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第十二話 救出

 前回同様オペレーターと会話ができる事を確認し、朱美と二人で現場に向かう。 「今回の任務は堀江明日香の救出です。  後、千織さんは西田の事も精算してきてください……」  了解した事を伝える。 「堀江明日香は、マンションで一人暮らしをしています。  二週間前まで俗に言うブラック企業で働いていましたが相当な激務だった様です。  入社時から可愛がってもらっていた先輩社員が二十日前に過労死されたようで、明日香さん自身も人前では笑って明るく見せていた様ですが心は悲鳴をあげていたのかもしれません。  自宅の最寄駅付近では夜遅くに道端でえずいているところが何度も目撃されています。  相当なストレスを抱えていたみたいですね。  ここ二週間はほぼ家から出ず、引きこもっています。  絵里さんが殺されたと思っていると考えられますので、無事を伝えてください」  イヤホンから流れてくるオペレーターの声で彼女の情報を確認しつつ自宅マンションへ向かう。  彼女の部屋は六階。 「エレベーターは閉じ込められれば終わりですので非常階段を使ってください」  声に従い、階段で上層階を目指す。 「彼女はおそらく監督官がくる事を知っているはず、どうやって部屋に入るの?」  彼女の部屋である六〇三号室の前に到着する。 「鍵を破壊しても良いので、取り敢えず中へお願いします。  グズグズしていたら彼等に連れて行かれます。  突入後はスマホのスピーカーから絵里さんに話しかけてもらいますので……」  ノブの鍵を銃で破壊し、中へ入ると電気は消えており部屋は静かで薄暗い。  それでも窓から差し込む月明かりで誰かがそこにいる事だけは確認できる。 「明日香さん?大丈夫ですか?」  後から入ってきた朱美が玄関でスイッチを押す。  次の瞬間、電気が点灯すると同時に包丁を持った女性が襲いかかってくる。 「待っていたぞ……絵里の仇……私を執行しにきたのだろ……?」  玄関で押し倒され、馬乗りになる彼女。  倒された衝撃で銃を落とし、丸腰になった私に容赦なく振り下ろされる包丁。   刃は急所を避ける為に身体を庇った腕にめり込み、肉に紅い線を描いて出血する。  朱美は私の上で発狂する彼女に銃を向ける。 「違う、私達はあなたを助けに来たんだ……朱美、銃を下ろせ……」  緊迫した状況が続く。 「嘘は止めろ、絵里はお前達に殺されたんだ。  監督官のせいで……駆逐してやる」  怒りは本物だ。  もう何を言っても彼女には届かないのかもしれない。 「待って、彼女は生きている……」  一瞬動きが止まり涙が頬を伝う。  身体を庇っている私の腕に落ちたかと思うと傷口に染み、激痛が走る。 「そんな事が信じられるとでも?」 「私の言葉は信じなくていい。  でも絵里さん自身の声なら信じられるだろ?右のポケットからスマホを出してくれ……」  彼女は包丁を私の首に接触させたままの状態でポケットからスマホを取り出す。 「かけてくれ……」  オペレーターに小声で伝え、明日香さんに出ることを指示した。 「もしもし……」 「もしもし明日香、やっと話せた……私は元気に生きてる……。  そこにいる二人のおかげで死なずに済んだよ。  命の恩人なの」  どうやらやっと状況を理解してくれた様だった。 「どうしてあれから連絡をくれなかったの?凄く心配していた。  もう監督官に殺されたんじゃないかと思って……」  彼女は私に馬乗りになったまま、泣きじゃくる。 「すぐに連絡しようと思っていたの。  でも私が死んだ事にしておいた方が、監督官に怒りを持ってくれるでしょ?  明日香の性格上、監督官を殺してやる!って思っていてくれた方が生存の確率が上がるんじゃないか?って千織さんに言われて……でも、正解だったよね?  現にこうして襲いかかってる訳だし、助けが来るかもしれないって思って緩んでいるより緊張している方がよほどいいと思った。  私が生きていた事を伝えられなくてごめん。  でも私は明日香に生きていて欲しかった……その可能性が一パーセントでもあるのなら……」 「あり……が……う……」  止まらぬ涙のせいで言葉はかき消された。 「話は後でもできるから、取り敢えずその二人と無事に帰ってきて……」 「ええ。絶対に生きて帰るから待っていて」  彼女は涙を流したまま通話を終わらせる。 「せっかく助けに来てくれたのに、ごめんなさい……」  涙を袖で拭く。 「もう気にしなくていいよ。  よく頑張ってくれたね……奴等が来る前にここを出よう」  玄関から出て非常階段に向かおうとした時廊下一番奥のエレベーターの扉が開く。  中から出てきたのは二人。  一人は外務省の金原、もう一人は彼に襟を掴まれ拘束される西田。  ボロボロにダメージを受けて血だらけになっている。  私は奴に銃を向ける。 「千織、明日香さんを連れて早く行って」  幸いにも非常階段はエレベーターと逆の突当たりにある構造になっている。 「でも西田が……」  奴は掴んでいた手を話し、西田は音を立てて床に崩れる。 「そんな事を言ってる場合?  コレは想定した状況とは違うのよ!  早く行きなさい!」  明日香さんの手を引いて非常階段へ走る。  次の瞬間、銃声がして走りながら振り向くと頭から血を流して倒れる朱美の姿が見えた。  床に横たわる彼女はもう動かない。  どうやら奴は彼女の肉体が機械でできている事も、弱点が首より上にしかない事も知っていた様だ。 「朱美さんの生体反応が消失しました……千織さん状況報告を……」  涙が止まらない。 「ターゲットを……無事……確保、現在外務省と交戦中。  朱美は……頭部……被弾。  戦死……しました……」  動揺して上手く言葉にできない。 「了解しました」  仕事とは言え、どうしてそんなに冷静に対応できるのだろうか?  仲間が一人死んだというのに……。 「朱美……朱美……」  明日香さんを連れて逃げ切らなくては彼女の死が無駄になってしまう。  頭を切り替え、必死で階段を駆け下りた。  私達を追ってくる彼は何発も撃ってきたが柱や壁が邪魔で狙いが定まらない様だ。  無事に階段を降て奴から逃げきる事ができ、マンションを出た所で壁に身を隠した。  このままヘリまで逃げ切れたとしても仲間を危険にさらすだけだと感じた私は待ち伏せてここで戦う覚悟をする。  この非労働者処置法の殺処分は基本的に夜、人が少ない場所で行われる事が多い。  それは執行対象が自宅に居る時、あるいは人が少ない場所に居る時である。  勿論多くの人は公務執行妨害で殺処分される事を望まないため、それを避けて仕事以外の場合においては出来るだけ早く帰宅する様になった。  また、夜に銃声が鳴り響いていたとしても一般人は殺されたくないという気持ちが強い為に関わらない様に知らないふりをする。  故に野次馬や助けに入る人などはほとんどいない。   そういう意味で考えるなら、朱美が最終電車に乗って移動していたのは残業で遅くなる労働者に混じって少しでも人混みにいたかったからなのか、あるいは少しでも遠くへ逃げたかったからというところだろうか……。  そんな事を考えている時、奴はマンションから出てきた。 「皆谷さん、交渉は決裂という事ですね?」  どうやら隠れている事もお見通しの様だ。  朱美を殺した彼と組むなどあり得ない。  それに外務省と組むという事は労働ストレスによる精神疾患に悩む人もまた奴隷の様な強制労働に就かせると言う事だ……私はそんな事の為に戦いたい訳ではない……。 「ええ。  やっぱりあなた達のやり方は間違って……」  その後も壁に隠れながら会話は続き、外務省との交戦が激化していく。  * 「大丈夫ですか?」  明日香さんは爆風で倒れる私に問いかける。 「ええ。  私は大丈夫……でも、爆発の瞬間、誰かに突き飛ばされた気がして……」  そう言って爆発のあった方を見ると、そこには西田が倒れている。  敵に警戒しつつ彼に近付く。 「どうして……?」  爆発による頭部の外傷がみられる。 「どう……してって……皆が非常階段に向かったのでエレベーターで先回りしました……」  いや、そういう事じゃない。 「何故助けたのかって聞いているのよ!」  彼は激痛のせいなのか息が荒い。 「娘を助けるのに……理由がいるか?」  やっと真実を知って父親に会う事ができたというのに……こんな事……。 「父……さん……?」  頭部外傷で脳に損傷を受け、洗脳プログラムが一部破損している様だ。  今ならまともに会話ができるかもしれない。 「今まで何も父親らしい事ができなくてすまなかった……。  だが、最後に助けられてよかった……」  西田の身体を引きずって再び壁に隠れ、奴の居る方に何発か銃を撃つ。 「どうして私が娘だと知ったの?」  咲貴と戦った時の状況でも分かるが、監督官になっても記憶を全て消される訳ではない。  働かない者は犯罪者であるという一部の価値観に誘導される洗脳プログラムを入れられるに過ぎない。 「そりゃ分かるさ……。  遠くからずっとみてきたのだから……状況は常にマイナンバーの情報をトレースしていた。  娘が修士号まで取ってしまうなんて誇りに思うよ……」  憎むべき敵だと思っていたのに……。 「でも、私はレジスタンスのリーダーの娘だから情報はバレない様に改竄されていたはず……」  彼はクスッと笑った。 「誰に言っている……?  それを言うなら私は元夫だぞ?  お前が厚生労働省に目をつけられない様にマイナンバーの内容を改竄し、常に情報を調整していたのは私だ……。  それに、お前が巻き込まれない様に須藤に監視させたのも、基地にたどり着ける様に佐藤に合流させたのも私だ……。  山では攻撃を受けて暴走してしまった様だがね……。  あの時はお前に怖い思いをさせて本当に申し訳なかったと思っている……」 「そうだったの?  まさかそんな……」  激痛のせいか、彼は少しの間急に黙る。 「もう、私も終わりの様だ……手足が痺れて動かない……」  早く西田の身体を回収して基地に戻らないと限界だ……。 「症状からしておそらく頭部外傷による急性硬膜下血腫かと思います。  相当やばいです」  明日香さんが呟いた。 「詳しいの?」 「いえ、一応こないだまで医療機器メーカーに勤めていたので人よりほんの少しだけ知識があるだけです……ほぼ役には立ちません」  彼女に言われなくても、良くない状況なのは分かる。  しかしこのまま彼を連れて回収ポイントに向かえば、確実に金原に撃たれる。
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