第十九話 親友の命

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第十九話 親友の命

「失礼します……」  明日香さんを無事に助けた後、奏様の部屋に呼び出された。 「入りなさい」  私のノックと共に部屋の主人は入室の許可を出す。  中に入ると彼女とは別にもう一人、よく見知った意外な人物がいた。 「うちの研究チーフよ。  あなたならよく知っているでしょうし、紹介は必要無いわね?」  何故私と咲貴が必死になって達成出来なかったホールブレインエミュレーションという技術がそんなに簡単に完成させられているのかを一瞬にして理解した。 「辻本教授、ご無沙汰しております」  私は頭を下げた。 「まさかこの様な形で再会する事になるとは思いもしませんでした」  それは彼も同じだった様だ。 「千織君、久しぶりだね。  君が修士論文を書いた時以来かな……」  聞きたい事は山の様にあった。  私達に完成させる事が出来なかった技術的な話やレジスタンスとの協力までの経緯等……。  しかし研究室に所属していた頃、彼からは人工知能でベーシックインカムを導入し、奴隷労働から脱却するというような話をずっと聞いていた。  そういう意味では理念の一致は容易に想像できる。 「咲貴は大丈夫なのでしょうか?」  彼は深刻そうな顔をしていた。 「彼女の脳を調べさせてもらいました。  どうやら過去に一度、未完成な洗脳プログラムを入れられている様です……。  今回で二度目に……」  横で聞いていた奏様が補足する。 「大学院を卒業後、レジスタンスのリーダーの娘と知られ外務省に捕らえられた彼女は当時未完成だったお粗末な洗脳プログラムを脳に入れられている。  過酷な環境下であれ労働が何より尊いモノだと思わされていたようね。  あなたが会社に誘ってくれるまで、働き狂うだけの機械的な存在になっていた……」  多少おかしいとは思っていた。  技術も知識も私より優秀だった彼女が、あんなにボロボロになるまで何も考えられず、奴隷の様な強制労働をさせられてた事に疑問はあった。 「大変言いにくい事なのだが……そんな未完成な洗脳プログラムを入れられた事、また今回二度目のインストールをされている事で彼女の脳は相当な負荷がかかり、治療が難しいダメージを負っている」  せっかく無事に助けられたというのに脳に障害が残り、マトモに会話すらできない状態になってしまうかもしれないという話だった。  理解が追い付かず、頭が真っ白になる。  私は咲貴の為に何ができるのだろうか? 「教授、咲貴を助けられるのなら脳の損傷部位を私から移植してくださ……い……それでも……何とか彼女を助けられませんか?」  涙を流しながら可能性を確認すると、彼は私の覚悟を知り、ある提案をした。 「方法がない訳ではありません。  新たなニューラルネットワークの発生を促すことができれば時間はかかるかも知れませんが回復させる事は可能だと思います」  彼の話を分かりやすく言えば「脳は考える事ができるからこそ成長する」が、彼女は脳の一部を損傷し、その「考える力」という能力が低下している状態なのだという。  そこで私の脳に咲貴の人格をインストールし、彼女の損傷している部位を私の脳で補うのだ。  彼女は再び考える力を得て、新たなニューラルネットワークの発生を促す事で本来の脳に戻そうという考え方であった。  基本的に脳の容量は大きく、コンピュータ上で起動するのは難しいが、あくまでも私の脳を補助的に使うだけなので使用容量は少しで済むという事。 「教授、一つお願いがあります。  彼女が自分の脳や身体ではないと気付くと認識的に効果が薄れるかも知れません。  私の顔を最新の整形技術で咲貴にしてください。  必要なら彼女の身体付きにも変えます」 「そんな事をしたら凄くお金がかかるよ?」  彼の言っている事はもっともだし、そんな事は十分に分かっている。 「奏様、私に仕事を斡旋していただけませんか?」  教授は驚いた様子だった。 「あれ程労働に憎悪していたというのに自ら働く道を選ぶと言うのかい?」  私だってこんなストレス社会で経営者や国の餌食にはなりたくなどない。  勿論この状況では奏様も無茶な仕事を押し付けてはこないだろうという事も考慮に入っての判断だ。 「咲貴を助けられるなら話は別です。  私は彼女の為なら悪魔にだって魂を売ってやりますよ!」  奏様は涙を流し「娘の為にそこまで言ってくれてありがとう。今の台詞……是非本人にも聞かせてやりたいわ……」と言ってくれた。  彼女はハンカチを取り出し、涙を拭く。 「いくらベーシックインカムで奴隷労働から解放されたって、そこに咲貴が居なければ意味なんてないのよ……」  唇を噛みながら小声で呟く。  朱美と父さんを犠牲にしてここまできたというのに、大切な人間をこれ以上失いたくはなかった。  ましてや共にこの奴隷労働を終わらせる為に研究してきた親友を自分の目標達成の為に犠牲にする事などあり得なかった。 「分かりました。  そこまで言ってくれるのなら、千織には引き続き非労働者の救出と洗脳によって良心が崩壊し、治療不能で人を襲う様になってしまった監督官の討伐任務を与えましょう……」  こうして私は監督官討伐専門の暗殺者になったのだ。
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