第二十話 肉体分離作戦

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第二十話 肉体分離作戦

「治療の為よ……」  彼女は呟いた。 「え?」  私は聞き直す。 「だから、ちゃんと説明しておきなさいとあれ程言ったでしょ……」  絵里ちゃんが口を挟む。 「だが、もし説明して受け入れられなければこの計画はパーなんだぞ……」  千織が言っている事が分からない。  そもそも絵里ちゃんと明日香さんはこの事を知っていたというのか? 「どう言う事なの……?」  千織は私の脳が受けているダメージの事を説明してくれた。 「咲貴が目覚めて二年、この身体から送られ続けてきたデータによって脳が完治した事が分かった」  だから、身体を分離しようって言い始めたのか……と理解した。 「でも、どうして千織は二年も私に死んだと思い込ませていたのよ?  私はこんなにもあなたに会いたかったのに……」  千織は「それは……」と言いかけて口を閉じる。 「咲貴はこの状況を知ったらどうしたと思う?  身体が千織のものだと知らなかったとしても、自分の為に働かされている彼女を解放しようと必死になるんじゃないの?」  明日香さんが私にそう言った。 「それはそうかもしれませんが……」  それを言われてしまうと何も言えない。 「そうやって自分を置いておいてでも他人を助けようと出来る優しさは咲貴の良い所だけど、今回はそれでは困るのよ……脳が回復していないのにここに来たって過酷な真実を知るだけで、何もできない。  それどころか、場合によってはせっかく始まっている回復の速度を落とす事にもなりかねない」  明日香さんの言う通り自分の性格上、千織を助けようとするのは間違いないのでそんな風に説明されると反論できない。 「だから言ったでしょ、相思相愛で羨ましいって……」  絵里ちゃんは笑いながらそんな事を言ったが、重い空気を和ませようとした事も私には分かった。 「ズルいわ……」 「どっちがだよ……」  ため息をつくも、それが私のものなのか彼女のものなのかはよく分からなかった。 「一つ聞いてもいい……?」  私はこの話を聞いた時から疑問に思っていた事を彼女達に確認してみる事にした。 「何だよ?  まだ何かあるのか?」  明日香さんは全て話した気でいた様で、質問してくる事が意外だったという顔をしていた。 「私は監督官の襲撃でAIが千織だと知ったけど、もしこの襲撃がもっと早かったら私に黙っているつもりだったんですか?」  さっきまで私に普通に話してくれていた全員が凍り付いたかの如く黙り込んでしまった。  聞いてはまずい事を質問しているのは分かっている。  現に完治したからこうやって皆ここまでついて来てくれているのだ。  もっと前にそんな事件が起こっていたとしたら私には隠しているに決まっている。  そんな事は聞くまでもない話だ。 「いや、ごめん……今の質問はなしで……」  皆が黙り、静まりかえった中で明日香さんが逆に質問してくる。 「お前、千織があんな雑魚相手に遅れをとって咲貴をあんな危険な目に遭わせると本気で思っているのか……?」  彼女は少し怒っている様だった。 「止めろ、それ以上言うな……」  千織は明日香を黙らせようとする。 「いいの……聞かせて……」  私は千織が喋れない様に口を手で押さえた。 「わざと咲貴を攻撃する様に仕向けたんだよ……。  お前がこの真実に気付き、自分の代わりに働かされている千織を解放する名目で、彼女の提案に乗るきっかけを作る為にな……」  そんな……。  ではあの監督官の襲撃は仕組まれたものだったというの? 「でも彼等は銃で武装していました。  私が撃たれれば、千織も私も終わりなのでは?  それに、私が明日香さんに引き金を引いていたらどうするつもりだったんです?  あなただってただでは済まない……」  彼女は鼻で笑った。 「そんなヘマをする訳ねーだろ?  奴等の銃はすり替え済みで残弾数はゼロだ」  そういう事か……。 「だから、明日香さんはわざと私に気付かせる為に千織に話しかけているかの様な演技をしたんですね……。  なるほど、これで感じていた違和感の謎が解けました……」  私の言葉を不思議に思ったのか明日香さんは私に聞き返した。 「違和感って何だ?」 「いや、凄く不思議に思っていた事があったんですよ……。  私が銃を突き付けた時の慌て方が何だか凄く不自然だなって思ってたんです……。  なんて言うか……凄く嘘くさかった。  あれだけ慌てていたのに、その後ホットサンドをペロっと食べちゃうし……」  皆が黙って聞いてくれていた。 「普通に考えると、さっきまで銃を額に突き付けられて焦っていた人が、死体が転がる目の前で食欲なんて湧きますかね……?  私だったらあの状況で食べられませんよ……」  多少笑いながら解説した。 「な……」  明日香さんは恥ずかしそうにしていた。  私の観察眼にも感心している様だった。 「最初は死体の目の前で、しかも銃を突き付けられた直後に食べられるなんて、ヤベーサイコパスだな!って思っていたんですけど、弾が入ってない銃で茶番をやっていたから本当はビビってなかったんですね……」  さっきまで少し怒っていた明日香さんは笑っていた。 「咲貴、お前の観察眼はやっぱりスゲーな」  何だか彼女と一気に仲良くなれた気がした。 「明日香さん、これだけは言っておきますよ!あなたは大根です……人を騙すなら、もっと役作りをしっかりしてください……」  私は笑いながらそう言った。  彼女は顔を真赤に染めて私の胸倉を掴む。 「何だとテメー!」  ヤバい、ふざけが過ぎたか? 「止めなさい。  この子の言う事は事実だわ……。  役者は本人ではなく、鑑賞する者が評価するのよ?  騙す相手が敵なら違和感を感じさせた時点で殺されていたって不思議ではないわよ?」  千織のそんな言葉に明日香さんの手は止まる。 「それに、せっかく咲貴を助ける為にここまで来たと言うのにあなたがダメージを与えてどうするの?  彼女に怪我をさせたら私はあなたを許さないわよ……」  掴んでいた手がそっと離れていく。 「そもそも許さないつったって、千織は口以外動かせねーじゃねーか……」  ボソッと呟く。  このやりとりを見て笑っていたのは絵里ちゃんだけだったが、騒ぎがひと段落つき、私達も彼女につられて笑ってしまう。 「ごめんなさい。  ほんの冗談のつもりだったのよ……」  私達は仲直りする。 「でもこの話を聞いて、もう一つ疑問が生まれたんだけど……」 「何だよ……まだあるのか……?」  明日香さんはため息をつく。 「襲撃された時、絵里ちゃんが緊急覚醒していて私はそのままだったら?」  皆がこっちを見ている……。  ヤバい、また変な事を聞いてしまったのか? 「それは大丈夫よ、あらかじめ打ち合わせていたから……。  私が覚醒した場合は何もせずにあの子を演じてビビりながら隠れている手筈になっていたのよ……。  残念ながら千織が処理したから私は覚醒しなかったけどね……」  なるほど、この状況を作り出す為に皆で仕組んで大掛かりな作戦を実行したという事か。 「じゃあ、そろそろこの身体に人格を移しましょう……マイナンバーカードを出してくれる」  私は絵里ちゃんの言葉で、ポケットからカードを出す。 「あれ?  このナンバーって……」  今まで特に気にした事はなかったが、刻印されているのが死者アドレスである事に気が付いた。  絵里ちゃんから聞いた時、何だか覚えがあると思ったのはこれだったのかと納得した。 「気が付いた様ね……。  マイナンバーとは使用人格のアドレスの事よ。  因みに、一年に一度新しいカードが郵送されてくるでしょ?  もし紐付けが変わればそのナンバーも変わるって訳……」  当然だが初耳だ。  という事は自分のマイナンバーを確認すれば自分のAIの場所が分かり、会いに行けるという事でもある。  まあそもそも、統制された情報なのでそれが死者アドレスだと気付く人はいない訳だが。  そんな事を考えていた時警報音が鳴り響く。 「S5区画に侵入者。  至急排除に向かえ!」  私達の存在がバレた様だった。 「ここは一旦引いた方が……」  身体を分離するにしてもここで捕まる訳には行かない。
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