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第四話 経済の傷
「千織、もう仕事終わる?」
同僚に呼ばれて我に返る。
もう何時間もパソコンに向き合ってデスクに山積みになる書類を処理している。
勿論サービス残業で、上司のパワハラにも耐えながらである。
会社の規定によりタイムカードは既に切られ定時で退社した事にされているが、後十五分程で終電を逃してしまう。
「ごめんね咲貴、こんな量が終わるわけないよ……。
もう明日にするね。帰る支度をするから少し待ってくれる?」
そう言ってパソコンの電源を落とし、鞄に持ち帰る物を詰める。
「早くしないと終電逃しちゃうよ?もう一週間くらい会社に泊まりでしょ?
そろそろ帰らないと身体壊すよ」
彼女はそんな風に私の事を気遣ってくれたが、本当は一週間などではなくほぼ一ヶ月は家に帰っていない上、一年近く休み無しで終電と泊まり込みを繰り返している。
ほとんどがサービス残業の為に死ぬ程働いているが、低賃金な上税金でほとんど取られ、生活するのがやっとである。
下りボタンを押し、エレベーターの扉が開くのを待って、二人で乗り込む。
「顔色が良くないけど、どうした?」
彼女もまた私同様に疲れ切っている様だったので聞いてみる。
「そうかな?ちょっと疲れているのかも。働き過ぎのストレスかもね……」
明るく振る舞ってはいるものの、明らかにストレスでまいっている。
カラ元気といったところだろうか。
「私ね、千織には感謝しているんだ。
就職して働いた会社はロクでもないブラック企業ばかりだったし、同僚が労災や過労で何人も亡くなって、次は自分の番なんだって覚悟してた。
何回転職してもその状況は変わらなかったからもう諦めてたんだよ。
千織がうちにおいで!って言ってくれて、会社にも私の事を紹介してくれて……これ、リファラル採用ってやつだよね」
意外な言葉だった。
低賃金長時間労働で使えなくなった奴はすぐに見捨てられるこんなブラック企業が良い訳がない。
こんな糞な会社を紹介した私の事をずっと恨んでいると思っていたのに。
「咲貴は学生時代から優秀だったからね。
ブラック企業ばかり行って、もったいないな!とは思っていたんだ。
うちだってサービス残業ばっかりで長時間労働のブラック企業ではあるけど、咲貴が行っていた様な労災地獄よりは良いんじゃないかと思って」
そんなのは綺麗事、私だってもうストレスに耐えるだけで必死なんだ。
仕事を辞めて無職になれば犯罪者として執行対象になってしまう。
正常な心を保つ為に同じ境遇の仲間が欲しかっただけで、親友を道連れにしたに過ぎない。
「それでも私は嬉しい。本当にまだ死にたくなかったから……」
ごめんね咲貴、お互い生まれた時代がこんなんじゃなきゃ、あなたにだってもっと優しく接してあげられたのかもしれない……。
そんな話をしていた時、右側のポケットが振動しているのに気が付き確認すると画面には「大森朱美」と表示されている。
咲貴を誘う前に数年間一緒に働いていた先輩。
彼女は私の失敗を庇って代わりに責任を取った事で会社を辞めてしまった。
彼女がいなければ私がクビになっていた事は言うまでもないが、本当に悪い事をしたと思っている。
数年前に辞めた彼女は上手く次の会社にも就職できて何とか元気にやっていると聞いている。
「電話?構わないから出て」
ごめんねと一言言って電話をとると、泣いている様な声で話し始めた。
「もしもし、元気にしてる?もう私は無理みたいだから伝えておくわね。
内臓もボロボロで吐血が止まらないのよ……。
もう働く事はできないから、あの時は千織の為になれて良かった……」
会話の途中で何度も咳き込んでいるのを聞くと、本当に無理をして話しているのがよく分かる。
「今何処ですか?」
いつも親切にしてくれた彼女だったが、様子を聞く限りでは残された時間は短いだろう。
後ろで車内アナウンスが聞こえている事を考えると電車で移動中だろうか。
「私とはもう会わない方がいい。厚生労働省が探している……。
私を庇う様な真似をすれば公務執行妨害で千織もやられるわ。
せっかくの健康体を私の為に無駄にしないで」
「だけど……」
「もういつ終わっても不思議ではない身体だから、最後に挨拶しておきたかっただけ。
私と仲良くしてくれてありがとう。
こんな糞な労働ストレス社会だけど、千織は元気に生きてね。じゃあ……」
それだけ言って、通話は一方的に切られた。彼女に言いたい事は他にも沢山あったのに、何度電話をかけ直しても繋がる事はなかった。
「くそ!」
涙が目尻から頬を伝って流れる。
「どうかしたの?」
隣を歩く咲貴が問う。
「いや、何でもないよ。大丈夫」
彼女だってストレスに耐え、疲れ切っているというのに心配をかける訳にはいかなかった。
「なら良いけど。何かあったら言ってね」
「ありがとう」
そうこうしているうちに駅にたどり着いたが、どうやら終電には間に合った様だ。
「お疲れ様、じゃあまた明日ね」
改札で別れて彼女は十六番線、私は十八番線の階段を上がっていく。
隣のホームに彼女を確認できるが、後ろ姿は今にも電車が来る前に線路に飛び降りそうなくらいストレスで心はボロボロの様に見える。
そんな事を考えていたが、各駅停車の最終が到着し彼女が乗り込むのが見えたので少し安心する。
乗り込んだ扉のすぐ近くの席に座るが、その前には先程まで電話で話していた「大森朱美」が座っているではないか。
私は慌てて十八番線の階段を駆け下り、十六番のホームに向かったが目の前で扉が閉まり、電車は走り出してしまった。
面識のないはずの彼女は朱美に話しかけ、朱美は血を吐いている。
先程電話で話していた件は本当だった様だが、走り出した電車はだんだん遠ざかり二人が何を話しているのかは確認できなかった。
駅を出てだんだんと加速し始める電車を見つめていると、後方車両から前の車両に向かう二人組の怪しい男が目に入る。
顔はハッキリと確認できないが、おそらく電話で聞いた「厚生労働省」だろう。
朱美に何度電話をしてもやはり繋がらないので、咲貴にかける。発信音が耳元で何度もリピートされるだけで、通話が開始される事はなかった。
嫌な予感しかしなかったが、どうする事もできないまま、ただ二人の無事を祈る事しかできない。
「千織が不要な行動をとらなくて良かったよ」
ホームに設置された自動販売機から缶コーヒーを取ろうとかがんでいた青年がそな風に声をかけてきた。
「そうね、これであなたも私を殺さずに済んで一安心ってところかしら?」
確認する為に振り向く事はなく、彼の言葉に返す。
「そうだね。千織は頭が良いから敵にしたくないし、執行妨害で撃ちたくもない」
彼は両手に一本ずつ持った缶コーヒーの片方を投げてよこし、私は振り向かないまま受け取った。
「どうして私を?」
「執行対象の朱美は昔千織のミスを庇って仕事を辞めたから、責任を感じているんじゃないかと思ってさ。
執行を妨害して罪に問われないように監視してたって訳。
千織は責任感が強くて、ストレス耐性が低いからね。
誤魔化しているようだけど健康診断でのストレスチェックは基準値を大幅に越えていただろ?早くメンタルケアした方がいい……」
大きなお世話だ。
付き合いは長いが、彼のそういう態度が逆にストレス値を上げているのだと思う。
「これ無糖じゃんか。コーヒーは甘い方が好きだって言ったよね?」
そりゃ悪かったと嫌味たらしく笑う。
こうしているうちにもまた一人、元同僚が狂った労働社会から脱落したのだと思うと悲しく思う。
私に良くしてくれたあの先輩はもう居なくなってしまったという訳だ。
「くそ、厚生労働省が!」
それに加えて、咲貴の事も心配だ。
優しい子だからもしかしたら、朱美を庇っているかも知れない。
彼から受け取った缶コーヒーを飲みながら、わざと彼に聞こえるように言った。
因みに無糖が飲めない訳ではなく、甘い方が好きだというだけの事だ。
「すまない、役に立てなくて」
はぁ……とため息をつき、問う。
「須藤はどうして厚生労働省に?国を恨んでいたんじゃないの?」
「俺は、今の政策をどうにかしたいんだ。
こんな狂った労働地獄はおかしいだろ。何でこうなっているのか知りたい……。
千織だってこの腐った労働ストレス社会を変えるため、人を豊かにするために人工知能をずっと研究してきたじゃないか」
少しの沈黙が続いた。
「アテが外れたわ。国営のAI事業収益をベーシックインカムでまかなえたら人は労働から解放されると思っていたのだけれど……」
飲みきった空缶を自動販売機横の収集ボックスに入れる。
「アテが外れたって?」
「知っての通り、日本経済は破綻した。
債務不履行におちいったこの国はハイパーインフレによって国民の預貯金を失い、大パニックになったでしょ?
国は生活を支える為に労働促進思考に傾いてしまっている」
老後の生活という意味ではどんどんと定年は高齢化し、年金というシステムが破綻した事で「死ぬまで働かされる」という概念が定着した。
まぁ、年金が無限連鎖講(ネズミ講)と同じシステム構造になっていたのだから騙し騙し上手くやっていたとしても破綻するのは必然な訳だけど……。
重い空気が続く。
「やっぱり、千織は頭がいいね。色々考えられて凄いと思う。ずっと聞きたかった事なんだけど、千織は何で日本経済が破綻したと思っている?」
「んー、それは難しい質問だね。
私が思う破綻の原因は四つもあるからね、複合的理由と言うべきか……」
本当は五つあると考えている。
しかしオリンピックの話はしない方がよいだろうと思っている。
彼の祖父がオリンピック関連の仕事をしていて「開催反対」を訴えた結果賛成派に殺されているからだ。
残酷な話だと思うから彼の前ではできる限り避けたい。
彼は興味津々といった感じで私の話を聞いている。何故今この社会がこんなにも糞な労働地獄になってしまっているのかが純粋に知りたいのだろう。
そして改善したいとも考えているに違いない。
「その四つって?」
「一つ目は、IR法案の白紙化だよ」
彼は少しの間考えるかのように黙り込んだ。
「あー、カジノか?」
「そう、唯一景気を回復させる手段だった筈だ。
ギャンブル依存者が増えるだの治安が悪くなるだのと結局消えてしまったからね」
でもギャンブルに良いイメージはないと言った顔でこちらを見ている。
「例えば、カジノ第一位の都市マカオの年間売り上げは三百三十五億ドル。
そして二位のラスベガスで六十六億ドルしかなかったのよ。
日本円換算で三兆二千八十億円。日本のパチンコですら十九兆四千億円、競馬、競輪、競艇、宝くじなんかを足すと三十兆円規模。
こんなギャンブル大国が、十分の一程度の市場規模の話でギャンブル依存とは笑わせてくれると思わない?」
実際問題海外から来る客、いわいるインバウンドからの収益を考えれば、かなりの経済効果だった筈だ。
それをダメにした日本は経済をどう考えているのだろう?
「まぁ、自分や家族が住む街に作って欲しくはないという気持ちは分からなくは無いけれど、新しい物を拒んだ挙げ句がこの社会と言えなくもないよね」
彼はうなずきながら聞いている。
「成る程ね、カジノができたら海外からも観光客増えそうだしな」
手帳を出してメモを取っているようだった。
「それで二つ目は?」
「働き方改革だよ」
「え?働き過ぎで過労死する人が増えたから減らそうって作ったんじゃなかったのか?」
私も最初はそう思っていたけど、資料を調べていくうちにそんなものはたんなる幻想だったと知った。
「でも現実はどうだった?
残業月百時間未満制、高度プロフェッショナル制度の導入。
実質問題として残業代のほとんどが消失たよね?
労働者は時短ハラスメントに悩まされた。
労働時間は減らせ、でも業績は今まで通りを維持しろって……無理に決まっている。
終わらない分は持ち帰れ!今日はノー残業デイだ!と言われ、昇進したらしたで、今までついていた微々たる残業代もカットになり管理職の収入はどんどん減った。
上司からも部下からもボロボロに潰される。
そんな上司を見て育った若手は昇進なんてしたくないし、優秀な人材ほど海外に出て行くのは当然でしょ?」
先程同様にうなずきながらメモを取る。
因みにその残業月百時間未満制は法解釈的に抜け道がある。
多くの会社で守られておらず、終電と泊まり込みが労働者の常識だ。
「そして三つ目は権利問題」
「権利?」
「そう、これがさっき言ったAIのアテがハズレてどうにもならなくなっている私の問題」
「AIが思う様に普及していないってのと関係が?」
いまいち分からないと言った顔でこちらを見ている。
「まず分かりやすいところで言えば、著作権の強化でインターネット上の動画サイトを次々閉鎖した平成の最後あたりから始まったというべきかな?
テレビ番組を勝手にアップロードする事が罪に問われ始めてCMでもそんな事ばかり言っていた頃があったらしい。
以来世界に誇るべき日本アニメーション文化を含むコンテンツ産業は一気に衰退してしまった」
海賊版サイトなどと呼ばれ、アニメをメインとする動画サイト、漫画を無料で楽しめるサイトは軒並摘発され次々と閉鎖された。
最初は漫画が無料で読める為に漫画や雑誌の売上が落ちた事が問題視され、著作権を強化した事だった。
だが、サイトを閉鎖しても売り上げは回復しなかった。
そりゃそうだろう、低所得者の激増する社会の中で低コストで楽しめる無料コンテンツが国民の心を掴んでいたのだから。
ネットでアニメを見て、気に入った作品の原作漫画やDVDなどのグッズを買うという市場の中で全てが有料になれば無料だから楽しんでいたというライトユーザーは、それに代わる無料コンテンツを探し始める。
実際、サイトを閉鎖し始めて漫画やアニメグッズの売り上げはどんどんと落ち込み、コンテンツ産業は急激に衰退した。
「待ってくれ、日本アニメーション文化ってなんだよ?
経済破綻と関係する程凄い産業だったって言うのか?
そんなの信じられる訳ないだろ、アニメーションってアレだろ?
テレビとかでたまにやってる絵が動いてるやつ。
アレの何処にそんな文化的な価値が?」
今を生きる私達にとってはそれ程の認識しかない訳だけど、そうしてしまったのも権利という物にこだわり過ぎた法の末路だろう。
「残念ながらそれ程の認識しかないよね。
著作権という言葉は今でこそある程度まで緩和されたが、破綻前までの日本はえげつない程に強化されてたからね。
そのせいでコンテンツ産業は衰退した訳だけど、権利は日本が誇る文化を次々に潰したとも言えるし、その先は更に酷いものだったと聞いている。
肖像権、個人情報の保護、そんな事ばかり強化し過ぎたせいで、法の問題で情報を集める事ができなくなり、ビッグデータの収集戦で海外に負けてAIに関する権利を抑えられた」
「それって……」
「そう、何をするにも本人の許可が求められるようになった。
例えばコンビニで物を買ったとする、その事実をマーケティングのデータとして収集して良いか?
という事を客本人に確認しなくてはならないし、勝手に店側がサンプルとして収集すると罪に問われて訴えられる。
勿論個人情報の保護がはびこる社会において、ほとんどの客は拒否する為に企業はバレない様に無断で使うしかない。
又、荷物の配送は全て「住所を教えない匿名配送」。
物を受け取る時は住所を宅配業者に教え、その見返りに受け取り側が業者からお金を一部受け取る。
そんな不便極まりない社会になってしまった」
「それが普通だと思っていたから、おかしいなんて感じた事もなかったよ。 本当に千織の話は勉強になるな」
「だから、ビッグデータという大量の情報収集を必要とするAIはもう日本では普及しないだろうね」
「そんな大きな理由があると考えているのにまだ他にも要因があるの?」
「ああ、四つ目は止まる事を知らない消費増税だよ」
「それは何となく分かる気がするよ。
社会保障は全く機能していないのに税金はどんどん高くなっていくもんね」
彼はうなずきながら聞いている。
「そもそも消費税は富裕層も貧困層も同率だからね、収入によって変わる累進課税とは違って貧乏人にこそキツイ税なんだよ。
軽減税率なんて言葉もあるけど、ほとんど機能していないからね。消費税が生まれた三パーセントの時も、五パーセントに上がった時も八パーの時も十パーの時もどんどん上がって最大の四十五パーにいたるまで上がるたびに消費は冷え込んできた。当たり前でしょ?
低所得者がどんどん増えているというのに税金ばかり高くなったら購買意欲なんて失せるに決まってる」
「そりゃそうだ」
「IMF(国際通貨基金)のPB目標というのを知ってる?」
「プライマリーバランス?」
「そう。簡単に言えば、支出を減らして増税する事を国に進めるものだよ」
「収益を上げて支出を減らす事は良い事の様に聞こえるけど……でも、それを国がやったら景気なんて回復しないんじゃないの?」
「私もそう思うよ。
政府の財源は黒字になるけど国民はお金を使わなくなるから悪循環。
上だけが儲かって国民はボロボロになるのが見えているって話。
現にPB目標を達成した国が三つあって、達成した国は全て破綻している」
「まさか、そのうちの一つが日本だと?」
「そういう事だね。
残りはギリシャとアルゼンチンだけど、日本同様に経済破綻を起こした事は皆が知ってるでしょ?」
「国は国民から全てを巻き上げた事で今の労働ストレス社会ができていると?」
「そうだよ、国というのは大規模な詐欺集団なの。
法律の改正権を持っているが故にある程度無茶をしても法を作り変えてしまえば罪には問われなくなる。
盗みは犯罪だと言ったって、増税の法案を通せば合法的に国民からお金を取り上げる事ができるからね」
彼は悔しそうに舌打ちをした。
「でも社会保障は?」
「例えば、二〇一四年に自民党が「増収分は全額使う」と言った社会保障、実際問題二割しか使われていなかった事が問題になった。
社会保障という概念そのものがなくなった今の社会で、その内訳はどうなっていると思う?」
彼は真剣に考え込んでいる様に黙り、沈黙が少しの間続く。
「だからこんな労働のストレス社会が生まれているんだ。社会のヒエラルキー構造を変える事はできないにしても、人間が豊かになる為には生活するための労働をやめなければならないと私は思ってる。
そのためのベーシックインカムなんだ。
働く事を生活と切り離して考えられれば、もっと他人の為、世の為だったり自分の夢の為に働けると思わない?」
彼が黙り込む沈黙の中で、私は話をまとめようとした。
「じゃあ、二〇二〇年のオリンピックについてはどう思う?」
やはり誤魔化す事は出来なかった様だ。
「さぁ終電も逃してしまった事だし、そろそろ帰らないと……」
ホームから階段を降りて改札に向かおうとするも一段踏み出したところでジャケットを掴まれ、止められる。
「待ってくれ!」
やはりこの話からは逃げられない様だ。
「何を隠している?オリンピックについて何か言えない事でもあるっていうのか?」
彼の手を振り払い、再び階段を降りようとする私に彼は問う。
「俺の為なんだろ?
千織がはぐらかして黙り込む時は大抵相手の事を想ってる時だ。
お前がそんな優しい奴なのはよく知っているが、今はそんな事を考えなくて良い。話してくれないか?」
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