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ジュンコの場合
両耳に突っ込んだイヤホンから乾いたギターの音が響く。予約の客は終わった。内線電話がなり、フリーの客をボーイが案内しない限り、もう今日はおしまい。雪が降っているみたい。窓のない暗い部屋は外がどうなっているかわからない。客が、まいったよ、雪だぜ、と言ってくれるまでは、ただいつものように寒い冬の日だとしか思っていなかった。部屋はエアコンと客といっしょにはいるために毎回いれるお風呂の湯気でむっとしている。外と隔離された場所。時間が来て外にでるまで、ずっと閉じ込められている。塔の中の姫みたいだとあいつは言ってくれた。だけど、そんないいもんじゃない。童話をリアルに考えるのはやめよう。心がつらくなる。子供のころ童話が嫌いだった。あんな残酷なものをどうして好きになれるのだろう。
どうしているかしら。
携帯にいくつかさしさわりのないメールを送った。返事はない。雪が降っているのだから、雪の日にあらわれたあの男が、雪の日に自分から逃げてしまってもおかしくない。今朝突然働くと言い出した。それがあいつの復活への一歩ならどんなに嬉しかっただろう。だが違うのは顔を見ればわかる。たぶんわたしの顔がくもったのだ。たぶん、そう。あいつはわたしが笑っていないと不安がる。どうしようもなく不安がる。
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