過去や未来をつなぐ扉

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過去や未来をつなぐ扉

 それはまるで北国の運河でキラキラと降り積もる、透き通った青い雪のようだった。  過去や未来へ行ける次元の扉を初めて目の前で見た時、あまりの美しさに瞬きするのも忘れる程ただ見惚れているだけだった。  主に楽器のリペアや精密な調律を請け負うこの店の店主は変わった能力の持ち主だった。 それは過去や未来へ行くためのを出現させて、依頼人を過去や未来へ自由に繋げてしまうことだった。  遥か昔まだ神々が地上に頻繁に舞い降りていた頃、人間は誰もが過去や未来へ行くことができたのだと云われていた。 しかしそれをするには神から提示された条件があったのだ、たった1つだけ。 『決して歴史を変えるような行いはしないこと』 これさえ守れば人間はいつでも自由に時間旅行を許されていたのだ。 ある者は先立ってしまった大切だった人に最後まで素直になれず言えなかった『ありがとう』を言うために過去へ。 またある者はまだ見ぬ孫の姿をこっそりと眺めるために未来へと向かったりした。 歴史と言う言葉に人は大きな時代の流れのことだけだと思うのだが、実はそうではない。 過去に起きた全てのことを指すのだ。 危機に瀕した誰かを助けたいからといって過去へ行って事故を未然に防ぐことも歴史を変えてしまうことになる。本来そこで救われるはずの命が代わりに犠牲になることも有り得るのだから。     いつ交わしたのか忘れるくらい随分と長い間その約束は守られていた、はずだった。 しかしある時、そのたった1つだけの約束を守れない者がとうとう出てきてしまった。その者は事もあろうか過去へ戻ると己の醜い欲にのみ忠実に歴史を変えてしまったのだ。それがどれ程の影響を与えるかなど考えもせずに。 その者の取った行動とは彼の国(かのくに)の機密情報を盗み出した後、すぐさま更に時間を遡り敵対する大国にその情報を目を見張るような金額で売りつけたと言うのだ。 その人物がその金を何に使ったのかを知る者はいない。 それから少し時間が経過した頃にその人物が行方不明になったという噂が流れた。実はとある場所に軟禁していたのだが、流れた噂は情報漏洩を防ぐために大国が流した物だった。 そんなことをすれば当然歴史は変わってしまう。機密情報の取り扱いを間違うと現在進行形で時を刻んでいる今という時間軸で、目の前にいた人間が突如として消えてしまうことだってあるのだ。それはまるで初めから存在しなかったかのように、いとも簡単に。 そして歴史が変われば時間の歪みが生まれる。歪みが増えれば時を正常に戻そうとする自浄修正機能も追いつかなくなる。 要は本来の道が予期せぬ方向へ進んでしまったために、変えてしまった前後で物事の辻褄が合わなくなるのだ。 そのたった1人の身勝手な行いは、人間だけでなく神々からの怒りも買ってしまった。しかし神々の本当の怒りは歴史を変えた事ではなかった。過去を変えたことにより無秩序に発生するパラレルワールドの存在に対してだったのだ。 知らずに違う世界線を行き来すれば変えてしまった前後で物事の辻褄が合わなくなるのは当然のことだ。しかし神々は人間にそれを教えていなかった。故にそれを理解する人間の存在は希少だった。 そして皆に等しく与えられていた能力をほぼ全て封印されてしまったのだ。その後、能力を封印された人間達は二度と時間旅行に行けなくなってしまった。 封印された能力は使えなくなったこともあり、そこに関する記憶は次第に人間の記憶から忘れ去られて行ってしまった。しかし神は封印しただけで、全てを取り上げたわけではなかった。潜在的能力として全ての人間は自分の中に持っているのに使えない能力。でもそれは使えないだけで、潜在的には持っているのに無いものとして人間の記憶から消えてしまっただけだった。
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