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しかし、なぜかその封印されているはずの能力を店主は使うことができる。人が息をするように、然も当然だとでも言いたげに。封印されたはずの能力を使える彼は一体何者なのだろうか。店員はどうしたら真実を教えてくれるのか考えたがわかるはずもないので、一か八か直接本人に聞いてみた。
すると返ってきた言葉は予想のはるか斜め上をいくものだった。
「君が自由に次元の扉を操れるようになったら教えてあげるよ」
「そんなこと僕にできるとは思えないのですが……。それに誰かそのやり方を教えてくれるん人がいるのですか?」
そして店員は心の中でこう思った。
『店主が誰かに何かを教える姿なんて想像できないんだけど……』
そんなことを思われているとは夢にも思わない店主は涼しい顔をしてこう宣った。
「まあ、すぐにそのチャンスは来るから待っていてくれないかな」
するとどこかで見ていたかのようなタイミングで本当に客が現れた。今日は予約など入っていなかったはずだ。店員は気付いた時には何故かすぐに部屋の隅へと移動して隠れていた。
過去へ行きたいというその女性の話を、丁寧に聞いたフリをしている店主は女性の話が終わると徐にその女性に近づいた。するとそこには突如白い扉が現れたのだ。店主から促された女性が何の躊躇いもなく扉を開くと、その中は青くて細かい光の粒子のシャワーが上から降り積もるように扉の外まで溢れんばかりに注がれていた。
店員はこれが次元の扉と呼ばれる物だと気付いた時、店主が決まり文句を口にした。
「さあ、この扉の向こうにあなたの望む世界があります。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
その美しい顔は営業用の笑顔で目だけが笑っていた。あまりに整いすぎているその完璧な笑顔からは、何故か瞳の奥に計り知れない怖さを感じ取れるだけで、普通ならあるはずの人間らしい感情の欠けらも感じ取れなかった。客を見送った店主は辺りを見渡し部屋の隅に居た店員の姿を捉えると、とんでも無いことを言い出した。
「君にもこの扉が出せるはずだから、やってご覧」
「えっ……、無理です」
「大丈夫、教えるから。こっちに来てご覧よ」
店員は戸惑いながらもゆっくりと店主の元へと歩いて行った。すると今度は簡単だから真似て見ろと言われてしまったのだ。だがそんなことできる訳がない。しかし店主はそんなことなど構わないとでも言うように無理やり店員を部屋の中央へと連れて来た。
「とりあえずやってみようか、ねっ」
「ねっ、て言われても……」
「いいからいいから、さっきの見てたでしょ? 真似してみて」
「…………そんな無茶振りしないで下さいよ」
「無茶だと思っていたら言わないよ。大丈夫やってみて」
店員は無茶振りだからやめてくれと心底思ったが、店主の期待に満ちた目にじっと見つめられてしまい、ため息をついた。
「やってみますけど、できないからって笑わないで下さいよ、いいですね」
「大丈夫大丈夫! さあ」
店主に急かされるように扉を出そうと店員が見よう見真似でやってみると本当に白い扉が現れた。店主がその扉を開くとふわふわとした青い光がほんの少しだけ浮いていた。
「君は扉の中の青い光をどうやって出そうとしてる?」
「どうやって? ですか。こうどこかから湧き上がるようにというか、違うんですか?」
「うーん、どちらかと言うと上から降ってくる感じの方が近いかな。北国の雪のように」
「僕、生まれてこの方スキー場に1度も行ったことのない雪には無縁の人間なので、降り積もる雪にはあまりお目にかかったことがないのでいまいちピンと来ないんですが……」
「そうか、だったら一度行ってみるといいよ、ぜひおすすめの場所があるからね。彼と一緒に行っておいで。きっとコツも掴めるはずだから」
「いつ誰と行くんですか?」
「もちろん今からだよ、私の片腕でもある彼と。彼の方が教えるのが上手だから安心してね。そうだな、飛行機の手配が出来次第行っておいで」
「えーと、仕事はどうするんですか?」
「今から暫くの間は次元の扉を使える様になることが君の仕事だから、よろしくね!」
「いや、よろしくね! じゃないですよ」
彼は急遽、得意なはずの事務仕事を免除されてしまった。それなりに役に立っていたはずなのに。
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