第一章 五月上旬~五月中旬 4

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第一章 五月上旬~五月中旬 4

           4 「社長を連れて行った方と社長との関係、例えばお友達とか、それと、西野さんが働いていたお店の名前を参考までに教えていただければ、と思うのですが」 「と、申しておりますが、社長」 「ヒ、ミ、ツ」  塚田社長は、茶目っ気たっぷりに一音、一音を区切って答え、社員達を爆笑させた。 「ちょっと付け足すと、ニューハーフクラブの名前は、特例ですが、履歴書にも書いておりません。ただ、武井部長には口頭で言いましたが、忘れていると思います」 「完璧に忘れております。ええ、他に?」 「はい」  総務部経理係の刈谷係長が手をあげた。  体格のいい五十代のベテラン女性社員である。今年の四月に勤続三十年で表彰された。簿記一級で、経理に提出する精算伝票など隙なくチェックされる。けっこうズバズバ言うので、社内的には、怖い存在として知られている。 「課長にも一度質問したのですが、トイレについてですが、西野さんは、女性用を使われるのでしょうか」 「社長、どうなのでしょう?」 「化粧して、女性と同じ洋服着て、心も女性なのだから女性用でいいんじゃないの?お店じゃ普通に女性用使っていたと思うよ」  社長が答える。    女子社員の間で、ざわざわ感が広がった。 「社長、女性達にとっては、そう簡単に割り切れることではないんですよ。デパートのトイレを利用するのとわけが違いますから」  刈谷係長は、きっぱりした口調で反論する。           「じゃあ、ええっ、女子社員だけ集めて篠原課長の方で調整して」  社長は、篠原課長に調整を命じたのだった。  篠原課長、黒縁の太い枠の眼鏡を掛けている。九時の始業だが、八時出社でビルの管理室から鍵を受け取るのは、ほとんどこの人である。総務の若い人の話だと、敬語と謙譲語の使い分けなどにも詳しい人だという話である。 「えっ、私ですか?」 「うん、総務課長なんだからさ。西野さんは、面接の時、余程のことでない限り全て会社の方針に従いますと言っていたから。女性陣の要望に合わせてください」 「分かりました。じゃあ、これが終わったら十分後、女性の方全員、会議室に移動してください」 「他に質問ないですか?」  武井部長が、社員達を見渡し、 「なければ、この辺で」 と言い、それぞれが自分の席に戻って行った。
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