14人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
第一章 五月上旬~五月中旬 1
1
文房具を主力商品とするフェルシアーノ株式会社の本社である。午後四時三十分、工場と配送センター、地方勤務の営業以外の全社員が、総務、経理の机を取り囲むようにして立ち並び、社長の登場を待っている。
何の話なのか?多分、あの話かな、ということは皆の気持ちの中にあった。それは、入社が決定したというひとりの人間に関するものであった。
「営業部配属って本当なんですかね」
佐伯春夫は、十年先輩である隣の吉村係長に聞いた。吉村は、背が高く、がっちりした体格をしている。顔は角ばっているが、性格は丸みを帯びていて話しやすい上司である。
「決定らしいな」
吉村係長が、短く、小声で答えたその時、社長室のドアが開いた。
「ごめん、電話が一本入っちゃって」
高い声がフロアーに響いた。社長室に一番近いのが、総務、経理のシマだった。そんなに大きな声を出さなくても、である。
塚田弘社長は二代目と言っても年齢は、既に七十二才、社長業を二十年以上やっている。小柄で、どちらかと言えば丸顔、髪は、ようやく七三に分けている状態にあるが、髪型は、そのままに年々確実にせりあがりつつあった。
「悪い、悪い」
言いながら、塚田社長は、こちら向きの武井総務部長の隣に立った。
最初のコメントを投稿しよう!