初めてのデートでサイゼリヤに連れて行った彼女が寝取られた話

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「へぇー、ここが1000円でお腹いっぱい食べられる本格イタリアンか」 「うん。貴史がバイトしててさ、教えてくれたんだ」  市内を縦断する主幹道路沿い。広々とした駐車場。  ガラス張りで外からよく見える店内には、親子連れや学生グループ、仕事上がりだろうかニッカポッカのおっちゃん達がひしめく。  ここはとあるレストランの入り口。  そんな場所で僕と僕の恋人――ミキは肩を並べて店の看板を見上げた。  緑と赤と白が基調になった看板。  安くて旨くてお腹いっぱい食べられる本格レストラン。  そして僕の親友――貴史がバイトしているお店。  そう僕たちがやって来たのは、あの人気店――。 「なんて書いてあるの成美くん?」 「餃子の王将(サイゼリヤ)って読むんだよ」  餃子の王将。  大山古墳(仁徳天皇陵)前店。  僕は、初めてのデートで彼女を餃子の王将に連れてきていた。  しかもサイゼリヤだと偽って。 「え、ここがあのサイゼリヤなの!」  手を叩いて喜ぶミキちゃん。  亜麻色の長い髪がニンニクの効いた風にふわりと舞う。  可憐だ。  そして腹が空いた。  僕の彼女は箱入り娘で世間知らずの帰国子女。  帰国したてで日本語があまり得意じゃない。ついでに日本の常識にも疎い。  そんな彼女を騙すのはすごく気が重たかった。  けど、仕方ないじゃないか――。  今日はミキちゃんとのはじめてのデート。  入るレストランに迷っていた僕に、親友の貴史が「俺のバイト先に来いよ。1000円でお腹いっぱい食べられるぜ!」と提案したのがつい先日の話。  そこで彼が「どんなお店かは内緒な?」ともったいつけたのが運の尽き。  安くて、旨くて、お腹いっぱい食べれて、女の子をデートに誘える店。  そんなの、サイゼリヤって思うじゃん?  餃子の王将なんだなぁ。 「デートに誘うような場所じゃねぇ!」  嘆いても仕方がない。そして時間も戻らない。  もう「お昼はお腹いっぱいイタリア料理食べようね」って言っちゃったよ。いまさら「ごめん、大盛り中華飯店でした」なんて言えねえ。  幸いにも文字の読めないミキちゃんは、ここが中華飯店だと気がついていない。  このまま嘘を吐き通すしかなかった――。 「私、サイゼリヤって来るの初めて! 楽しみだわ!」 「そうだね……」 「ねぇ、成美くん! 私、うわさの『ミラノ風ドリア』が食べたい!」 「『四川風麻婆』ならあるんじゃないかな……」  覚悟を決めて僕はミキちゃんと店の中に入った。  入店すると、厨房から見覚えのある顔をした男が駆けてきた。  親友あらためクソ野郎の貴史だ。  あいさつもそこそこに貴史が「カウンター席なら案内できるけど?」と僕たちに言う。デートでカウンターなんて嫌だったが、ミキちゃんが「えー、カウンターでイタリア料理が食べられるなんて面白そう!」と言うものだから逆らえなかった。  そりゃ、イタリア料理でカウンターはねえでしょうよ。  色々言いたいが我慢して僕とミキちゃんはカウンターに移動した。 「へぇー、なんだか見たことないイタリア料理ばっかり。サイゼリヤって変わってるんだね?」 「そりゃねぇ。ほら、大衆向けにアレンジしてるんだよ」 「この『ニラレバ炒め』っていうのはどういう料理なの?」 「『フォアグラと青菜の温野菜サラダ』だよ」 「こっちの『海老のチリソース』っていうのは?」 「『オマール海老と唐辛子のトマトソース煮』って奴さ」 「じゃぁこの『餃子』ってのは?」 「『肉入りフォカッチャ(小)』だよ」  よかったうまく誤魔化せた。  ここまで違和感ないなら『餃子の王将』≓『サイゼリヤ』では?  そんな訳ねえよ。  貴史が出したお冷やを豪快にあおる。  やけ水。飲まずにはいられない。  水を飲み干すと、厨房に戻っていた貴史を呼んだ。  貴史はなんだか忙しそうに鍋を揺らしていたが、そんなのおかまいなしだった。  流石は全国チェーンのファミレス。  すぐに料理はできあがり、僕たちはイタリア料理(極東風)に舌鼓を打った。 「美味しいね! 成美くん!」 「あぁ、そうだね」 「私、ご飯が白いオムライスも、ソース味のスパゲティもはじめて!」 「だろうね」  これだけ頼んでも、お会計が2000円ちょっとなので、やはり『餃子の王将』は『サイゼリヤ』なのかもしれない。  そんなことを改めて思った時だった――。 「ごめんね、ちょっとお手洗いに行ってくる……」 「あぁ、うん」  イタリアンで出来上がっていたお腹に中華料理は重たかったのか。  少し具合が悪そうに口を押さえてミキちゃんが席を去った。  それを追うように貴史が厨房から出る。  なんだろう。  その姿に胸がざわついた。  妙にドキドキする。  調子に乗って、『肉入りフォカッチャ(小)にんにくマシマシ』を食べたからだろうか。僕の心臓は不気味なビートを刻んでいた。  ふと、カウンターにミキちゃんのスマホが置きっぱなしなのに僕は気づいた。  画面が明滅したのも含めて、それを見たのは運命だったのかしれない――。 「……え?」  画面の中に『貴史』の名前が見えた。  どうしてミキちゃんが、貴史のアドレスを持っているんだ?  不安から僕は彼女のスマートフォンを手に取る。  幸か不幸か、認証パスはかかっていない。  手汗がつくのも、スマホケースが軋むのも構わず、僕は貴史の名前が入った通知を探すと、タップしてその内容を表示した。  はたしてそれは――。 『ミキちゃん。成美に黙って事務所に来て。間違えて注文を作り過ぎてさ。とっておきのジャストサイズメニューを食べさせてあげる』 「ジャストサイズメニュー?」  どくんとまた胸が高鳴る。  弾かれるようにミキちゃんのスマホが手からこぼれた。  いったい貴史は事務所で何をご馳走するって言うんだ。  どうしよう。  邪な妄想が止まらない。  きっと『にんにくマシマシ』の『餃子』なんて食べたせいだ。  だってこんなの。  貴史の肉――ソーセージに決まっているじゃないか。  NTR的に……。 「いや、待て! ここは『サイゼリヤ』じゃない『餃子の王将』だ! 本場イタリアンならともかく、そんなものこのお店では扱っていないはず――!」  手を伸ばしたのは『餃子の王将』のグランドメニュー。  僕は自分が正しいことを証明するためそれを慌ててめくった。  けれども――。 「嘘だろ⁉」  僕は見つけてしまった。  メニューの最後のページ。  ジャストサイズメニューページの一番右下。  多くの中華料理の中にしれっと紛れこんだ『それ』を。  茶色く細長い弓なりの形状。  写真から聞こえる「パリッ!」という音。  誰が言ったか『美味なるものには音がある』というフレーズ。  やめてくれ。  そんな。  こんなことって――。 「どうしたの成美くん?」  背中からかかった声に僕は慌てて振り返る。  そこには、すっきりとした顔をしたミキちゃんが立っていた。  肌は汗ばみ、目はとろんと蕩け、豊かな髪がくしゃりと癖がついていた。まるでついさっきまで激しい運動でもしていたみたいに、上着の襟元が少し乱れている。  濃い中華飯店の匂いの中にも分かる、この強烈な匂い。  間違いない。  僕は確信した。 「ミキちゃん。貴史と事務所で何をしていたんだい?」 「……あーあ、バレちゃった」  つまらなさそうに、けれど、たのしそうにミキちゃんが笑った。  その脂ぎった唇をにんまりと歪めると、僕の彼女は凍り付くような瞳をして、餃子の王将のカウンターに座る僕を見据えた。  アクアグレイのネイルが施された人差し指が唇の透明なグロスを拭う。 「美味しかったよ。貴史くんのサルシッチャ……」  そして僕たちの伝票に『シャウエッセン®(ジャストサイズメニュー)250円』が追記された。 【了】 ☆★☆ みんなも餃子の王将で美味しいウインナーソーセージを食べよう! ☆★☆
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