本当に見る目がないんです

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大森さんと両想いになって 翌日は彼の家から一緒に出勤した その日のうちに浜中にももうすぐ辞めるんだって言ったそうだ 浜中も泣いていたって そりゃそうだよね 俺たちは二人とも大森さんっ子だったから 社内的にもその話が明らかになって 大森さんの仕事を引き継ぐために同行したりした どこの得意先へ行っても大森さんは惜しまれていて その人望と人徳に感動させられた この人のようにきちんと仕事ができるようになりたい 「和弥、土曜日空いてるか?」 「明日?はい」 「ウチの草野球チームの試合があるんだ。観に来るか」 「行く!いいんですか?!」 移動の営業車の中 大森さんは助手席から俺に道案内をしてくれている 大きな身体は一番後ろまでシートを下げてもやや窮屈そうだ 「ああ。あわよくばそのままチームに入れちまおうって腹づもりだから用心しろ」 「野球か~久々だな」 「センターだったっけ」 「ふふふ。三拍子そろった守備範囲の広いセンター」 「三拍子。ワガママでやらしくて泣き虫か?」 「顔も身体も感度もいいって三拍子!」 「けしからん。そんなやつ、うちのセンター守らせるわけにいかないな」 「え~!もう野球気分になっちゃったのに!仲間に入れてよ!」 「ああ。ユニフォーム姿のお前もかわいいだろうな」 「……大森さん、デレすぎ」 「そりゃデレんだろ」 大人で優しくて逞しくて頼りになる人 俺の知っている大森さんはそんな人だった 俺が入社して六年と数ヶ月 付き合うようになってたった数週間 なのに大発見の連続だ 悠己って呼んだ時に見せてくれる嬉しそうな顔とか エッチの時に目の当たりにするすんごい身体とか 毎晩送られてくるハートマーク付のメールとか 「俺、見る目あるよねぇ……」 「ん?」 「大森さんのこと、結構知ってるつもりだったのに、どんどん新発見。でも、どんどん好きなの」 「……デレてんじゃねぇよ」 「デレんでしょ、そりゃ」 「和弥」 「はい」 「今日、うち来るか?」 「……今日は、用事が」 「そうか。ああ、あれか」 「……はい。ごめんなさい」 「謝んなよ。いいって、言っただろ?」 「うん。……ありがと、悠己」 「テレるよな~」 そう 今日は風間君に会うんだ 風間君は宣言どおりマメにメールをくれていた 俺はなかなか返信できなくて なんて言えばいいのかわからなくて でもやっぱりこのままじゃいけないと思うから 「頼むから、その王子様について行くなよ」 「いーかーなーいーっ!」 俺は今通っているジムのバイトの子と関係があったって話を大森さんに白状した 大森さんに告白するよりも前に距離を取ったけれど 黙っているのがフェアじゃないような気がしたから 洗いざらい全部ではないものの結構しっかり話したのに 大森さんは「そうか」と言っていた そして「好きにしていいぞ」とも 「……行きませんけど、心配じゃないんですか」 「心配だよ。夜もおちおち寝られやしない」 「……やめろとか、言わないんですか」 「何を?ジム通いか?そいつとの関係?」 「関係はもうやめたってば!」 「ジムだって最近は全然行ってねぇだろ」 「だって」 「その王子様のこと好きなんだろ?変な意味じゃなく」 「……好き。変な意味じゃなく」 「じゃあ、友達でいればいい。そのジムがよければ通えばいい」 「……うん」 「和弥。お前の好きな人は誰だっけ」 「……悠己」 「見る目あるね、お前。こんないい男、なかなかいねぇぞ」 「……うん!」 ちょうど信号で停車して 俺は隣の彼氏に顔を向けてにっこり笑った 大森さんも笑顔で嬉しい オトナだなって、こういうときに思う やっぱり俺って見る目あるね! 「はい、乾杯」 「あざーっす」 久々に見た風間君はやっぱり見事に王子様だった サラサラの髪にお洒落な私服 白い肌と伸びやかな手足 かっこいいなぁ…… 「高木さん、もう浮気するの?」 「……は?!しないよ!」 「うっとり見つめられるとその気になっちゃいまーす」 「うっとりって!!……だってやっぱりかっこいいんだもん」 「王子様みたい?」 「うん」 「浮気します?」 「しませんっ」 「ですか~」 馴染みのある店もちょっと気が引けて 俺は彼を大学のそばのお店に誘った 彼が俺を助けてくれた病院の近くのワインとビールが美味しいお店 料理もシンプルだけどすごく美味しい 「うまーい」 「そう。よかった」 「いいお店ですね」 「そうだね」 「彼氏と来たりするの?」 「……しないよ」 距離感がまだ掴めない まるで初めて居酒屋へ行った日みたいだ 俺は意を決して風間君を見た 「風間君」 「はい」 「……俺、風間君のこと、今でも好きだよ」 「そうですか」 「……だから、……勝手だけど、友達でいてくれないかなって、思って……」 「友達」 「……風間君は、俺のこと、エッチ抜きだったら全然興味ないの?」 「うーん。難しい質問ですね。高木さんとするの好きだから」 「……もし、さ。もし、友達が無理なら、俺がジムうろちょろすんのも、やだよね?」 「別に?あ、俺、人前で襲ったりしませんよ」 「そりゃそうだよっ」 当たり前だけど距離を感じる でも今日ちゃんとケリをつけるって決めたんだ 俺の希望を言って 彼の要望を聞いて 平行線なら諦める 風間君はワインのボトルを掴んで自分のグラスに注いで ジュースみたいにパカパカ飲んでいる 「高木さん、彼氏と、エッチしました?」 「…………しました」 「満足させてもらえてます?」 「……もらえてます」 「なんとなく、高木さんって彼氏がいるときに他の男に寄ってかないイメージだったんですけど」 「寄るって……だから友達にって話、なの」 「彼氏は?なんて言ってるんですか?つーか、俺のこと話しました?内緒に出来なさそうだけど」 「話したよ。好きにしていいって言われた。だから」 「そうなんだ。超オトナですね。俺には真似出来そうにないな」 「……風間君……」 「好きにしていいよって言われて、俺と友達として仲良くするんですか?友達だったら二人で飲みに行って、帰れなくなって泊めてもらったりしません?そーゆーのできないでしょ?彼氏に悪いって思うでしょ?」 「も、いい」 「俺、虎視眈々とケツ狙いますよ。友達ヅラして酔ったふりして触るよ」 「もういい!」 情けなくて涙が出そう こんな年下の子をこんなに傷つけた自分に腹が立つ 優しい風間君の目が笑っていない あのキラキラの王子様スマイルが二度と見られないんだって思い知る 両方なんて無理なんだ 俺はこんな席なんか設けずにさっさと身を引くべきだった もの欲しそうな顔をして彼にすがりつく俺はなんて無様で惨めで醜いんだろう 風間君に申し訳なくて俺は俯いて歯を食いしばる 泣ける立場じゃない きっと泣きたいのは風間君の方 彼はまだ子供で だから俺がしっかりしなきゃいけない だけど悲しくてあっと思う間もなく涙が零れた 「……じゃあダメじゃん……ダメって言ってよ……したら俺諦めるじゃん……」 「マジですか。ここで泣きますか。今引導渡されてるの俺じゃないかなって思うんですけど」 「だって……だってさぁ……風間君が、俺のケツしか見ないんだったらさぁ……俺、好きな人いるし、浮気とか思わせぶりなのはダメじゃん……俺、諦めるしかないよぉ……」 泣くつもりは全くなかった でも念のために持参したタオルハンカチ(大判)が役に立った 俺はそれをバッグから引っ張り出して 目元にぎゅうぎゅう押し当てる 「……高木さんって鬼畜系かぁ。そこは俺も見抜けなかったなぁ」 「ひどいよね、俺。でも、風間君、一緒にいたら楽しいし、でも君が嫌ならそんなのダメだし、ケツ、ダメだし、じゃあ、ジムとかで会っても、悩殺焦らしプレイみたいな事になるし、じゃあもう、ジムも行けなくて一生会えなくて」 「ケツがダメなら、お口の恋人でもいいんですけど」 「噛んじゃうよ?!」 「イテテ。考えただけでチンコ痛い……」 「ふざけてる?!俺真剣なのに!」 「ちょっとふざけました。高木さんの泣き顔見たくて」 「……はああぁ!!!???」 俺はタオルを顔から引き剥がして風間君を見た 風間君は笑っていた しかもキラキラ王子様スマイルで楽しそうに どーゆーことなのっ!!?? 「ごめんね。高木さん、会った瞬間からかわいいから」 「はぁ!?俺今日はビシッと決めるつもりだしっ」 「俺のこと見て、嬉しいみたいな顔でさ。でもって、彼氏出来てしあわせ~みたいな顔でさ」 「だって、だって!」 「言ったでしょ?俺、しあわせそうな人とイチャイチャすんのが好きなんです」 「しないから!イチャイチャはしないからっ」 「うん。でも、高木さんがしあわせそうで、萌え」 「もえ!?こういうときに使う言葉だっけ!?」 「ま、いいですよ、友達で」 「え?」 はい、どうぞ 風間君が優しい笑顔で俺のグラスにワインを注いでくれて 料理を小皿によそってくれた 今いいって言った? 「友達でいましょ。ジムにも、来てくださいよ。克彦さん明日で終わりだよ」 「ええ!?そっか、そうだ……」 「高木さんのこと、気にしてました。時間あるなら来てあげたら?」 「……うん。お礼も言いたいし」 「ネコトークとか」 「しないよ!!してもいいけどっ!!」 「高木さんの恋愛、邪魔しません。だから俺と友達でいてください」 「……風間君…………!!」 うれし涙が眼からも鼻からも垂れる 嬉しい 嬉しいよー!!! 風間君もにっこり笑っている 「大森さんと別れたら、即、俺とエッチしましょうね。近くにいないとタイミングわかんないしね」 「そこ!?」 「そこでーす」 あははと声をあげて風間君が笑う 俺も泣きながら笑った いい子だな もう絶対傷つけたくない だから俺はブレちゃいけないし泣くのもやめよう 「高木さんに心配されなくても、俺、あちこちでうまくやってますから」 「……そうですか」 「妬ける?」 「別に。友達だし」 「ですか~」 「もう!」 紛れもなく最低な俺の願いは 明るくエロ好きな若い王子様によって叶えられた ありがたい そして会計は「友達だから」と言う理由でまたしても折半だった 「ありがとう、高木さん。俺ね、もうダメかなって思ってました」 「ダメなんてないよ!俺の方がありがとうだよ!!?」 俺が彼にひどい仕打ちをした日から 彼はずっとメールを送り続けてくれた 鬱屈した気分の中でそれがすごく支えになっていた ありがとうなんか、俺の方が百倍だから! 「うん。ジム、明日来ますか?」 「行く。朝だから、風間君には会えないね」 「俺のシフト、覚えてくれたんだ」 「……そうだよ。だから、シフト変わったらまた教えてよ」 「了解で~す」 一緒に電車に乗るのも久しぶりだ 会わなかった間の話をして 俺は風間君に欲情しない自分に気づく そして風間君も多分そんな気になってない 終わったんだなって思うと少しやっぱり寂しくて でも、上出来だと思った ほらね、俺は見る目あるんじゃん! 俺は園田駅で降りて自宅へ向かう道すがら 大森さんに電話をした 明日の朝はジムに行くって言うと そうかって言われた だから朝、大森さん家に行って車で一緒にグラウンドに行くって話だったけど 何時になるかわからないから別行動にしようって言うと わかったって言ってくれた やっぱり俺はいい人を捕まえた
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