本当に見る目がないんです

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「こんにちはー。失礼します」 「あ、高木くん」 「お世話になります。ご依頼いただいたサンプル、お持ちしました」 「ありがとな」 「いえいえ」 俺の得意先の中でも中規模の病院で 院内でのうちの製品の採用率も高い つまりはものすごく大切な得意先 馬鹿な火遊びで台無しにする事なんか出来ないし あの付き合いを馬鹿な火遊びだと言える位には 俺は立ち直っていた 何もかも小阪さんのおかげかな~ 「滅菌できるんだよね?」 「できます。見本は未滅菌ですが」 「じゃあ俺から用度に見積もり取ってって言っとくから」 「ありがとうございます!できれば、あの、メーカー指定か商品指定で……」 「オッケー。でも、その分値段頑張ってよ~?もうすぐ消費税上るってんでウチの病院も厳しくて」 「ですよね。頑張ります!」 「あ~でも、上るんでしょ?こういうの」 「上るんです……円安で……海外人件費もうなぎ上りで……」 「お互い大変だよねぇ」 「ほんっと、安井課長さんみたいな方ばっかりだと、俺、助かるんですけど……」 「またまた~。ま、いつも無理聞いてもらってるしね」 「全然ですよ!なんでも、声掛けてくださいね」 「ん、じゃあこれ、頼むね」 「はい!ありがとうございます!」 これでよし 薬剤部の安井課長は俺たちみたいな出入り業者にも きちんと接してくれるすごくいい人だ 俺がこの病院を担当した時からお世話になっていて 安井課長の依頼なら何とかしよう!っていつも思う 頼まれていたサンプルを渡して あれで安井課長が上司に報告してくれる あとは正式な見積依頼を待って 突っ込んだ価格の承認を会社に貰って 滅菌品だから在庫の確保だけは先に…… 「和弥」 「……」 意気揚々と薬剤部を後にしようとした俺に 声を掛けてきたのは浮気性の元彼 この人にとって俺はタダの元浮気相手 そう気づくのに半年も掛かってしまった 俺は無表情に薬剤師を見る 彼はヘラヘラ笑っていた 「元気?」 「はい」 「冷たいなぁ」 「そうですか?」 なれなれしいんだ、あんたは もう別れて一週間以上経って でもそれだけしか経ってないのにその態度はどうなの? 「ちょっと、今いい?」 「すみません、次のアポがあるので」 「ちょっとだって」 「いたっ……!」 いつものように 彼は俺の腕をためらいもなく掴んで 物陰に連れて行こうとした 営業かばんを持つのですら辛いほどの筋肉痛 そんな腕を不意に触られて 俺は思わず声をあげてしまった 「え?そんな痛い事したか?」 「……ちょっと、筋肉痛で」 「なんで?」 「関係ないでしょう」 「関係あるよ。なあ、もう一回やり直さないか?」 「は?」 顔も身体も好みじゃないこの薬剤師は 思いもかけない提案をしてきた やり直す? 何を? 二股を? 馬鹿じゃないのか 俺が頷くと疑わない態度にもムカつく 「あっちとさ、別れたし。和弥だけだよ」 「やめてください。願い下げだ」 「なんだよそれ。もう新しいのできたのか?今度は何?医師?あ~なんかお前、麻酔科医のユニフォームがいいとか」 「あんたに関係ない」 「バラすよ?病院に」 振り払って立ち去ろうとした俺に 冷たい水を浴びせるような一言 それも、笑いながら 思わず動きを止めた 「……何、言ってんの?」 「入札とか見積もりとか、ズルしたって言いふらせば出入り禁止だろ、お前の会社」 「おかしなこと言うなよ!契約はすべて正当だ。あんたに口利いてもらった事なんかない!」 「そうかなぁ?安井課長、信じるかなぁ?」 「……!」 出入り禁止 その理由が男相手の枕営業 根も葉もない話だけど影響は絶対にゼロではない そんな噂が流れれば会社にもいられなくなって 俺がいなくなってもうちの会社との取引は切られて ここだけじゃなくて系列病院にもその余波が きっと安井課長にだって迷惑が その有形無形の損害を考えただけで目の前が暗くなった 「な?和弥……考えてよ」 「い、やだ」 「強情だなぁ、マゾネコのくせに」 「違う!」 「あ、だからか。苛められたいんだろ?」 「違う……!」 別に好きじゃなかった でも嫌いじゃなかった なのにどうしてこんなことに 全部俺が悪いのか 俺は 「高木さーん?」 「!!」 背後から名前を呼ばれて 俺は思わず重たいバッグを取り落とした 恐る恐る振り返れば 私服の爽やかイケメン王子が立っていた 「か、風間君……」 「すごーい、奇遇ですね。お仕事ですか?」 「あ……うん……」 「営業って、病院関係だったんだ。知りませんでした」 「……風間君は、どうしたの?どっか具合悪いの?」 「全然。一応俺、医学部なんでたまに用事で来るんです」 「あ……そうなんだ……大学、あそこの、医学部だったの」 「はい!言ってませんでしたっけ?」 「どう、だったかな……」 頭が真っ白でしどろもどろ 今の会話を聞かれただろうか 心臓がバクバクしてて 暑くもないのに汗が出る 風間君はそんな俺を意に介さずニコニコしたままだ そして薬剤師は黙ったまま 「高木さん、かばん、大丈夫ですか?」 「え?あ、ああ……痛!」 「筋肉痛、辛いでしょ?無理するからですよ~」 「あ……ごめ」 屈もうとして恐ろしい痛みで動けない 風間君は長い脚でさっさと近づいてきて 重たいバッグを拾ってくれた 「へぇ。そいつ?」 「ば……違う!」 「筋肉痛になるようなことってなんだよ」 「ちょ……」 「あんたが考えてるような事じゃねぇよ、バーカ」 耳を疑った 動揺して焦る俺は信じられなかった 二日前に知り合った爽やかで親切な若い王子様が 元気いっぱいの笑顔のままで薬剤師を罵ったのだから 「かざまくん?」 「ちょっと失礼」 風間君が俺にバッグを渡し その重さに耐えかねて俺がグラグラしている間に さっと自分のポケットからスマートフォンを取り出すと 薬剤師を撮影した 「てめぇ、何やってんだ!」 「あ、機内モードですから電磁波とか大丈夫でーす」 「消せよ!何勝手に……!」 腕を伸ばして掴みかかろうとする薬剤師から 自分の携帯をヒョイと避けて 風間君が笑顔を消した 「小塚良知。写真バラ撒かれたくなかったら、ここ辞めて、この人にも関わるな」 「はぁ!?つーかなんで人の名前っ」 「聞こえなかった?」 「たかが写真一枚で、なんでそんな話になるんだよ、このクソガキ!」 「二枚でした~」 再び戻った明るい笑顔で 風間君が携帯のディスプレイをこちらへ見せる たった今撮影した、薬剤師小塚の画像 間抜けな顔ではあるけれど 確かに脅しの材料にはなりにくいと思う…… 「これ、ここの病院の名前バッチリ入ってるでしょ?名前も」 風間君が言う通り 病院名も所属も名前も 首からぶら下げたIDに記載されていて それが写りこんでいる 一瞬の撮影とはいえピントは完璧だ 「で、これね」 「……!!」 「お前、なんで……!!」 するんと画像を横へ滑らせると 次に表示されたのは肌色メインのヤバイ画像 素っ裸の可愛い男の子がこちらを向いていて 膝を立てて脚を開いている 自分のナニもギンギンで アソコにはずっぽり男のアレを受け入れて 上気した頬とうるんだ目が嫌がってはいないことを示している そのアレの持ち主はその子を後ろから抱き締めている 彼の肩越しにカメラへ視線を投げているのは ここにいる薬剤師だった 「これ、ヤバイでしょ~だって高校生くらいじゃない?」 「違う!そいつがもう二十歳超えてるって!」 「そんなの信じたんですか?でもお金出しましたよね」 「それは」 「これと、さっきのと、二枚の写真でいかがでしょうね?」 買春? いや、援助交際……サポしますってやつか この子が俺と二股かけられていた子なんだろうか そう思うとなんだかいたたまれない 「じゃ、そういうことで。周りにご迷惑のないよう、迅速な円満退職でお願いしますね」 風間君は携帯を尻ポケットにねじ込みながら 爽やかなキラキラスマイルでそう薬剤師に最後通牒を突きつけた 突然のことで呆然と顔色を失くし返事もできない彼を見て 笑顔のままで声だけを数段低くする 「チンタラしてるとマジで撒くから」 「かざ」 「行きましょう、高木さん」 「あの」 「え?未練あります?」 「ないよっ」 「じゃ、いいでしょ?」 ピカピカの王子様スマイル 風間君は俺のバッグを引き受けてくれて 筋肉痛以外の理由で足元の覚束ない俺を 爽やかに駐車場までエスコートしてくれた 「大丈夫ですか?運転できるの?」 「でき、ます。けど」 「こんなところで高木さんに会うなんて、本当に思ってませんでした~超偶然!」 「……そうなの?」 「あ~腹減った。高木さん、次のお仕事、急ぎますか?」 「アポあるけど、十六時」 「じゃあ、一緒に昼飯食べませんか?」 「いいけど」 「色々ハテナでしょ?説明しますね」 俺、営業車に乗るの初めて~ シート硬い~ 楽しそうな色白の若い王子様は 颯爽と俺の車の助手席に乗り込み 俺はギシギシ固まって言うことを聞かない身体を折り曲げるようにして 運転席に収まった 「……リクエスト、ある?」 「ん~決まらないから、ファミレスにしませんか?」 「うん。じゃあ、あそこの」 「はい!」 助手席と運転席 車という密閉空間 こんな舞い上がるような状況で王子様と二人 なのになんで俺のこころはこんなに重いんだろう……
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