本当に見る目がないんです

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「あーお腹すーいーたー」 電車はまだまだ混んでいた 俺たちは邪魔にならないようにバッグを網棚に乗せて つり革に縋りつくようにして身体を支える 「うん。でも、身体動かすと、お腹空いてたのがなくなるんだよね」 早く仕事が終わればジムへ直行 お腹空いたなと思いながらもトレーニングを始めれば 終わる頃には空腹感は去っている 不思議な現象だ 俺の話に頷きながら 背の高い風間君は少し俺を見おろすようにして心配げな顔をする 「ああ、らしいですね。でもダイエット目的じゃないんですよね?食べた方がいいですよ」 「うん。俺にとっての二大めんどくさいことが食事の用意なんだけど」 「もう一つは?」 「風呂の掃除。仕事が遅くなってもお風呂だけでもジムに来たら、しなくて済むなぁ」 「ご飯、自炊ですか?」 「ほとんど外だね~。レトルト置いてるけど、飽きるし切らしたら買いに行くのもめんどうだし」 「あ!じゃあ今から一緒にご飯食べません?」 「え?」 「園田の駅前、結構お店あるし」 「お家にご飯あるでしょ?」 「明日の朝食べます!」 俺も実家にいた頃は 家に帰れば食事の用意があって なくても言えば何かが出てきて 家で食べないなら連絡しろとよく怒られた 親元を離れるとそのありがたさがよくわかる だから 風間君を食事に連れ出すのは気が引けた 正直に言えば年下過ぎてどう接していいかわからないし 「えーっと」 「ダメですか?」 「ダメじゃないけど……明日学校だよね?」 「まだ十時ですよ。地元まで帰ってきてるからちゃんと帰れまーす」 「……ん、じゃあ、行こうか」 「はい!」 俺とそう話しながら 風間君は早々に家の人に連絡したらしい 今どきの子らしい手さばきで携帯電話を操って さっさとそれを尻のポケットに仕舞いこむ 「何が食べたい?」 「ビール!」 「……成人してるんだよね?」 「してますよ。してなくても、許される範囲です」 「勝手に法律を拡大解釈しないの」 「はーい!」 「飲む方?」 「結構。高木さんは?」 「ぼちぼち」 「ですか~」 ほとんど会話になっていないけど 園田駅で一緒に下車して駅前の居酒屋に入った どこにでもある安いチェーン店 小阪さんってお酒飲むのかな? 身体作ってる人ってそういうの控えるのかな? 「あ、先に言っておきますけど、割り勘ですよ」 「え。いいよ、このくらい。社会人の経済力舐めんなって」 「舐めてないけど、やなんです。奢ってもらうと、次が誘いにくいでしょ」 でっかいラミネート加工のメニューに目を落としたまま 王子様は明るく言い放つ 俺がびっくりして黙ると パッと顔をあげてニコッと笑った 「なんか高木さん、色々心配になるんだもん。ご飯たまに一緒に食べましょうよ!」 「あ……うん……」 「嫌ですか?ガキと飲んでもつまんないですか?」 「そんなことないよ!風間君といると楽しいし」 「ほんとですか?よかった~俺うるさいから、ウザいかなって」 「ぜんっぜん!!だから!!ウザいなんて絶対ないよ!!」 こんな親切で優しくて明るいんだもん しかも見た目は王子様 今日の彼の私服もシンプルだけどお洒落さん サラサラの髪はいつも手入れが行き届いていて モテるだろうなって、思う でもそういう無粋な事は言わない 俺の頭の中だけで可愛い年下王子とデートって設定にしておこう 「じゃ、かんぱーい」 「かんぱーい」 二人してグビグビとジョッキを空けて ヘルシーの妖精がいたら悶死しそうな脂っこいメニューを次々たいらげる 「高木さん、お腹空いてるじゃん」 「だね。風間君がよく食べるから、つられるんだよ」 「じゃあこのから揚げ、あげますね!」 「ありがと!」 会社関係じゃない人と飲むの、久々だなぁ あんまり男運とか男を見る目のない俺は 恋人らしき人ができるとあっという間に慣れあいになって お互いの家でエッチばっかりしてたし こうやってケラケラ笑いながら外でビール飲むの そういえば好きだったな、俺 「……ねぇ、高木さん」 「なに?」 「これで、最後にしますけど」 「ん?」 「あの、薬剤師。大丈夫?」 「ああ……」 俺は口の中にフライドポテトを放り込んで ジョッキに残ったビールを飲み干した 風間君はそれを見て遠くの店員さんに目顔で追加オーダしてくれている 気のつく子だなぁ すでに二杯目を飲み干して そのくらいの頃合いでさりげなく 俺が二十歳の頃、そんなに空気読めたかな? 「一回、電話があった」 「……そうですか」 「でも出なかった。もう、大丈夫だよ。本当にありがとう」 「全然です!そっか、よかった。ちょっと心配で」 「うん。ありがとうね」 「すみません、余計な事、蒸し返して。本当にこれで最後にして、忘れますから」 「俺も忘れる。一緒に忘れよ、あんなの」 「はい!じゃあ、かんぱーい!」 「かんぱーい!」 ちょうどいいタイミングで運ばれてきたジョッキを掲げて 俺たちは笑いながら飲んだ 楽しいなぁ そして宣言どおり割り勘で さすがにぴったり同じ額というのも気が引けるから ちょっとだけ俺が多めに出させてもらって ちゃんと彼の実家の最寄駅への最終電車に間に合うように店を出て 俺は上機嫌で家に帰り 少なくないアルコールが身体を巡るのを感じながら眠りについた 「高木さーん」 「はい、お疲れ様」 「お疲れ様です!ご飯、行きませんか?」 「行きましょうか。おうちに連絡してね」 「もうしました!」 「あはは」 そしてたまに彼と食事に行くようになった なーんていうと付き合う直前の駆け引き期間みたいだけど 時間が時間だし場所も園田駅って限られるので チェーンの居酒屋か焼き鳥屋か……って感じ 「もっとおいしいご飯、食べに行く?」 「十分うまいです!」 「風間君って、……いい子だね」 「子ども扱いしすぎですよ、高木さん」 「うーん」 風間君って優しいねとか、素敵だねとか そういう褒め言葉を口にするのが躊躇われる 本心だし下心なんかないけれど ゲイだってバレている俺から聞けば気持ち悪いかもしれないから ここは俺が大人になるべきだろう 「ジムのある駅の方が、お店色々あるでしょ?園田がいいの?」 「あー……実は、あんまりダメなんですよ」 「何が?」 「会員さんと、こういうの。だからジムの近所はちょっと」 「そうなんだ?ごめんね」 「なんでですかー?俺が誘ってるのに」 多分会員さんとの個人的な付き合いがダメってのは 男女間のトラブルを懸念してるんだろう だから目くじら立てられたりしないだろう 男同士なんだから でもその辺を言わない風間君はやっぱり優しいなと思う 次、何飲みます~? そんな風に笑顔で話を逸らせてくれて 俺が自分の話をしないで済むように 「風間君」 「はーい?」 「そう言えば、まだ連絡先知らないよね」 「……ですねぇ」 「教えてよ。いい?」 「いいですけど……俺、すっごいメールとかしますよ?あっという間にメールフォルダ俺だらけかも」 「そうなの?やっぱり今どきの子は、男でもそんななんだ」 「今どきとか関係ないです。俺がそうなだけです」 「……ごめん」 「高木さん、Bump入れてます?」 「はい?」 「いいです。これ、読んで。QRリーダーは入ってますよね?」 「うん」 差し出された携帯のディスプレイにはQRコード それを読み取ると連絡先が取りこまれる 自分のアドレス帳に表示されてたのを見てようやく知った 「風間君って、恭一っていうんだ」 「知らなかったんですか?」 「うん。なんか新鮮~風間君は、"風間君"って感じだし」 「そうですか?よくわかりませんけど……」 「王子様っぽいよね、見た目とか雰囲気が」 「へ?」 「あ、言っちゃった」 ジムに通い始めてもう三ヶ月 最初は歳下過ぎてキラキラ過ぎて どう接していいかわからなかった風間君とも 大分友達っぽくなってきた だからついぽろっと本音が…… 「おーじさま?」 「ごめん!気持ち悪かったよね、今のナシね!」 「気持ち悪いとか、何言ってるんですか。びっくりしただけ」 「いや、ごめーん……」 「おーじさまね。褒めてくれてますか?」 「褒めまくりだよ!色白の爽やかイケメンで、明るくて親切なんて王子様でしょ」 「高木さんだって色白いし、イケメンじゃん」 「俺はイケメンじゃないよ。かわいい顔なだけ」 「なるほど~」 よかった 風間君はいつもの愚にもつかない笑い話と同じように聞いてくれている 意識しすぎなのは俺だけなのかな そうかも ちょっと妄想癖あるし 脳内バーチャルの世界で楽しんじゃう方だし 「あ~でも。やっぱり飽きますよね、同じ店」 「だよねぇ」 「……高木さんち、行きたいな」 「え?」 「ダメですか?」 「ダメじゃないけど、それこそ食べるものないよ」 「出前とか、あるでしょ」 実はそれは考えていた 週に一度か二週間に一度 その程度でも学生にとっては痛い出費だろうなって 何度か俺が出すよって言ったけど 風間君はイヤでーす、とか言って譲らない ビールが好きな風間君はたくさん食べると割高な居酒屋を選んで しっかりしたものが食べられて安く済ませられるファミレスとかには行きたがらない だから ビールとか買い込んで家飲みならちょっとは楽かなとか 飲み物を俺が買っといて 食べ物だけその日に適当に、その分だけ割り勘……とか 俺はいい考えだなぁとビールを飲みながら一人で納得した うんともすんとも言い忘れている俺に 風間君はちょっと身を乗り出して言い募る 「あ、ちょっと言ってみただけですよ?そんな考え込まないで下さい」 「え?そうなの?俺も考えてたのに」 「え?そうなの?言って下さいよ~」 「あはは。じゃあ、今度ね」 「はーい」 風間君なら大丈夫だろう だらだらと俺の部屋に居つく事もないだろうし 大前提としてそういう関係にならないだろうし 俺が未だに気にしているだけで 風間君は俺がゲイかどうかなんか気にしてなさそう ちょっと年上の頼りない友達、くらいなのかな 「メール、しまくりますから覚悟しててくださいね」 「俺、面白い返事とかできないよ?」 「でも返信なかったら、来るまでメールします」 「し、仕事、してるからね!加減してよ!」 「病院回りですもんね。了解でーす」 風間君は機嫌よく俺に手を振って 園田駅の改札に消えていった ふう 男運のない俺は 友達運はまだ捨てたもんじゃないらしい
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