花のワルツ

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淑女レディは花に例えられることが多いけど花も様々。桜、菊、椿、それからかすみ草。 だけどあの方は何の花かしら? 私の前で異国の紳士に支えられ水色の絹のドレスを翻し踊るあの淑女は。  明治時代。ここは鹿鳴館。外国、特に西洋諸国からのお客様をお迎えするために建てられました。この場所では舞踏会が行われ西洋の貴族や政府の要人達をおもてなしするのです。勿論日本の華族の方々も参加します。かく言う私も華族令嬢ですが。 私の名前は高ノ宮百合子。昨年の春女学校を卒業した公爵家の1人娘でございます。私達華族の令嬢は卒業すると社交界に出るのです。この舞踏会がその1歩。生まれて初めて紳士達と公共の場で同席することが許されます。大半の令嬢はこの舞踏会で婚約者を紹介され初めて顔を合わせることが多いのです。しかし私は縁談話がまだありませんでした。 それよりも殿方にはあまり興味はなく異国の紳士と踊るドレスの淑女のことを大広間の隅でずっと目で追っていました。 あの淑女は大輪の花、そして私は壁の花。いえ、あの淑女から見たら私は花ですらなく壁の蕾でしょう。 「お嬢さん、お嬢さん」 私は紳士に声をかけられ我に返りました。 「1曲お相手願えますか?」 「はい。」 私は紳士に手を引かれ広間へと向かいます。 ダンスは幼い頃から習っていたので楽しい一時になりました。しかし私は踊っている間相手の紳士でなくあの淑女の姿を探していました。 ドレスを翻し踊る姿は清らな白百合かしら?と思えば英語で西洋の貴族達と会話を楽しむ姿は知性のすみれの花?やはり誰もが目を引くあの華やかさは大輪の紅薔薇でしょうか? ああ、あの淑女を何と例えれば宜しいのかしら? 「お嬢さん、どうされましたか?」 紳士が声をかけます。 「あの水色のドレスの淑女はどなたかしら?」 「鍋島夫人のことですか?」 「鍋島夫人?」 鍋島栄子(なべしまながこ)様。それがあの淑女の名前だそうです。京都の公家のお生まれで、イタリアで公使をしていた鍋島直大公爵の奥様だそうです。 結婚前はロシアの宮殿で侍女として王家に仕えていたそうです。 栄子様。私はその名前が忘れられませんでした。 翌日私は栄子様にお手紙を書きました。女学生時代はおなじ学級のお友達や上級生の御姉様によく書いたものです。御姉様とは秘密の隠し場所を決め手紙のやりとりをするというのが日々のたのしみでした。 私は手紙を書き終わると侍女を呼びました。 「この手紙をお願いね。」 「はい、お嬢様。お嬢様がお手紙なんて女学生の時以来でございますね。先日の舞踏会で気になる方がいらっしゃいましたか?」 「ええ、実は。」  「それはどちらのご子息でございますか?」 「その方はご子息ではありませんの。」 「鍋島栄子様  突然このようなお手紙で驚かせてしまったことお許し下さい。 私は高ノ宮伯爵の1人娘百合子といいます。先日の舞踏会で貴女様の姿を拝見しました。広間にいる誰もを惹き付ける貴女の華やかさに私も貴女から目をはなすことができませんでした。 貴女と踊る貴族達が羨ましく思います。 本日は私のお心と共に詩を送ります。貴女様に読んで頂けることを願ってます。 There's a rose ,a beautiful rose. It exposes sweet fragrance to gather birds. If I were a bird, I would sing my love to praise your beauty. 明治17年2月20日高ノ宮百合子」  あれから2週間過ぎた3月3日、フランス皇帝が日本を訪問されることになり鹿鳴館で再び舞踏会が行われることになりました。私達高ノ宮家も招待されており父に連れられ私も出席しました。 ダンスが始まる前には歌舞伎や日舞、三味線等が皇帝皇后夫妻の前で披露されました。そしてその日は雛祭りということもあり、広間には雛人形も飾られておりました。 ダンスの時間になると私は栄子様の姿を探しました。鍋島公爵も招待されているので彼女も来ているはずです。 私はフランス皇帝と共に過ごす栄子様の姿を見つけました。先日とは違い桃色に金色の花の刺繍が施されたクリノリンスタイルのドレスを着て髪は縦ロールに巻いて梅の花の簪をつけてます。 栄子様を私に気づいてくれたそうです。 「Excusez moi,votre Altesse.」 皇帝陛下に断りを入れると壁の花の私の元にやってきました。 「ごきげんよう。」 栄子様は宮殿式のカウテシーなお辞儀で私に挨拶をします。 「貴女が高ノ宮百合子さん?」 「はい。」 「お手紙拝見しましたわ。素敵な詩も。」 栄子様が私のお手紙を喜んでくださった。最初は気味悪がられるかと思いました。 栄子様を慕う令嬢は数多くいます。しかしその想いを手紙にしてくれたのは私だけだと言うのです。 「ありがとう。百合子さん。わたくし嬉しかったわ。百合子さん、わたくしと踊ってくださる?」 それは願っても見ない誘いでした。 「栄子、待ちなさい。女同士ではないか。」 栄子様のご主人でもある直大公爵が止めに入ります。 「あら、女同士で踊ってはいけないなんて決まりはありませんわ。」 「それに皇帝陛下もお待ちだ。」   「いいじゃない。今日は雛祭りですもの。皇帝の歓迎でもあるけど、令嬢達のお祝いの日でもあるわ。百合子さん、わたくしは貴女と踊りたいの。貴女は?」 私は栄子様の手を取り答えました。 「私も栄子様、いえ鍋島夫人と踊りたいです。」 「栄子様でかまわないわ。行きましょう。」 私達は手を取り合い踊りはじめました。ふと外に目をやると月光に照らされ桃の花に鶯谷が集まっていました。 しかし私には桃の花よりも鶯谷よりも私と一緒に踊ってくださる栄子様の笑顔のが美しく思いました。 栄子様は何の花か?その答えが見つかりました。紅薔薇でもない、白百合でも、桃の花でもない。 栄子様は「鍋島栄子」という他のどこにも咲かない鹿鳴館で咲き誇る唯一無二の気高き花なのです。                    FIN
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