大雪にひとり

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 積もった雪が何もかもを家の中に閉じ込めてしまう事ってあるのだ。飛行機も電車もバスも何もかも止まって、誰もが息もできないくらいに家の中に閉じ込められてしまう。  今朝、いつも通りにスマホのアラームで目を覚ます。窓の外に見えるはずの光が見えず、この地上1階のアパートの窓から朝日の無い、変な雰囲気から一日が始まる。  そしておまけにやたらと寒い。  パジャマのままにベッドから起き上がり、口から白い息が出ているのを感じる。  電気をつけても電気がつかない。  窓を見るためにカーテンを開けると、カーテンの向こう側は、信じられないくらいに敷き詰められた雪の塊が覆っていた。  おそらく電気は停電している。  この部屋の窓の高さまで雪が降るなんてこと、普通はありえない。  スマホはわずかながらに電波をキャッチしていた。だからネットのニュースや、参加しているSNSを頼りに情報を収集する。  どうやら今この街の一帯は5m以上の記録的な積雪で、常軌を逸する自然災害のようだ。専門家のコメントに「地球温暖化」としてコメントがされていた。私たちこの地域の住民は皆、救出活動を待つ身、つまり生き埋めである。  とりあえず服を着込むことにする。靴下を履いてジャンバーの類を探し当てて着込む。スマホの懐中電灯はあまり使いすぎると電池がなくなる、だって今は充電すらできない。  キッチンの戸棚からカセットコンロを取り出して、ガスの缶をセットして火をつける。これでしばらく暖は取れるだろう。凍える体を震わせながら火にあたる。冷蔵庫からむしろこの極寒に対して保温状態にあった飲料のペットボトルいりのお茶を取り出して飲む。意外と喉が渇いている。  お茶をお鍋に注いで、カセットコンロの上で温める。  そのお茶を飲んで、一旦は安堵のため息。  この地上で生きていることを許されるような気がした。  思えば今日は土曜日。明日は日曜日だから休み。  本当に助けは来るのだろうか。この生き埋めのような状態から、脱出することはできるのだろうか。    そこに部屋の玄関で、扉を激しく叩き鳴らす音。  外に出てみると向かいの部屋の住民の方が、雪を漕いで私の部屋の前にまで辿り着いていた。  私の部屋は1階だ。1階はテラスみたいになっていて、部屋の玄関の外に、もう一つガラスで覆われた玄関がある。つまり向かいの部屋と私の部屋の間は廊下みたくなっていて、エントランスとつながる部分との間で廊下は、T字路のようになっている。  そのエントランスは雪が吹き込んでいて相当押し潰されていたが、廊下のようになった部分については、ある程度通路が確保された状態だったのだ。  「大丈夫か?」  向かいの部屋は50代くらいの少ししゃがれた声のおじさんだった。  「はい」  私は少し怯えながら答える。  「火・・使ってないか?それが心配で」  「火ですか?」  「この付近のガス会社のタンクが破裂したと情報がある。もし火を使うなら、ガス爆発を起こす懸念がある。」  私はハッとして部屋に戻り、卓上ガスコンロの火を止める。  「寒いよな。」  「はい・・。」  「これ・・暖房がわりに。」  向かいの部屋の人は、私に一匹の犬を差し出す。若干怯え気味だが私の懐に入ると、私が頭からかぶっていた毛布の中でゆっくりと小さく丸まった。  「あったかい。」  「寒かったら、それだいてな。優しい奴だから、誰にでもなつく。もう一匹の方はそうでもないんだけどね。」  そうやって向かいの住民は抱いている犬をのぞかせる。部屋の外は非常灯がついていて、なんとなく緑色のぼんやりした光で、人の姿や犬の輪郭がわかる。  「ありがとうございます。」  「もう少しで助けが来ると思う。自衛隊が災害救助に動き出した。南側の地域から順番に一つ一つ部屋を探索する形だから、かなり時間はかかると思うけど、3000人体制で昼夜問わず対応してくれるらしいから、そんなに時間はかからないと思う。」  その住民は、一本の温かい缶コーヒーを私の頬に押し当てて手渡すと、雪山をこえて自分の部屋に戻って行った。  また一人ぼっちになる。ガスコンロにスイッチを入れるのは怖くてできない。とにかく寒い。  私は再び布団に入る。部屋の戸棚から使い捨てカイロを探し出して体に何枚も貼る。冷える前にと考え缶コーヒーを飲む。  それから数時間が経過する。  遠くで重機の掘削するような音と、男たちの大きな声が響き渡る。  助かるんだ・・。  私はそう思った。  部屋の窓が割れる音と同時に、日の光が部屋に入ってくる。冷たい風が部屋に吹き込むと、数名の自衛隊員が部屋に飛び込んできた。  私は部屋から助け出される。  横をみると同じように担架に乗せられた向かいの部屋の住民の方が、親指を立ててこちらを微笑んで見せた。  病院に担ぎ込まれる。低体温症の診断となったが、命に別状はなかった。    病院を退院する日、向かいの部屋の住民の方が亡くなった事を知らされる。  部屋に戻ると、あたりの雪はみんな綺麗に取り除かれていて、見慣れたエントランスの姿に戻っていたが、向かいの部屋には花束などの献花が行われれいた。  犬が私のところに残った。保健所に預ける事も可能だったが、私の方で引き取った。もう一匹の犬は行方がわからなかった。  神はなぜ私にこのような命のやりとりを命じたのか。  当たり前の日常に戻る中、一匹の犬が私に笑顔で尻尾を振る。  私は、亡くなった彼の分も生きようと思った。 (終わり)
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