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今回の代金は年上の深沢が奢ることにした。
マスターの粋な計らいで、二人が最初に飲んだ分のカクテルは無料にしてもらった。
彼へ丁寧に礼を言い、またちょくちょく店に足を運ぶことを約束した。
外の空気を浴びながら二人で暫く並んで歩いていた。
「フカっちゃん、飲み足りた? 」
「あっ? ああ、まあな」
そう言った瞬間、柏木が深沢のスゥエットの袖を引っ張った。
「僕、全っ然足りない。まだやってる店はないのかな」
「……まじか」
上目使いでこくりと頷かれた。
「フカっちゃんともっと飲みたい」
「……」
深沢は苦笑いする。
「迷惑? 」
子犬のように潤んだ瞳で悲しそうにじっと見てくる柏木に、深沢の胸が疼いた。
「迷惑だなんて……んなわけあるか」
「だって渋ってんじゃん」
俯きしょんぼりとし始める柏木を見て、深沢は遂に観念した。
「だぁーっ! わかった。白状する」
そう言うと掴まれていた袖を上に勢い良くひっぱりあげて、柏木の手をそこから払いのけた。そしてジーンズのポケットに両手を突っ込む。
「煙草。……吸いてえんだよ。ずっと我慢してっから。人目気にしてコソコソとじゃなく、早く家帰ってゆっくり吸いてえよ」
「……」
柏木はそのままにっこりと笑った。
「良かった。図々しくしたから嫌われたのかと思った」
「んなわけ……」
あるかよと心のなかで呟いた。
こいつのお陰で一時的に辛いことを忘れられて、久々に沢山笑うことが出来た。
自分一人で抱え込んでいた、悶々とした気持ちを少しだけ昇華してもらった。
「明日仕事は? 」
深沢がそう口を開くと、柏木は待ってましたとばかりに返事をした。
「連チャンで休み! 」
今日会ったばかりの自分をこんなにも信頼してくれ、キラキラとした目で見てくる彼のことが無性に可愛く思えてきた。
「俺もだ」
ここだけの話、舎弟でも出来たような心持ちだった。
「よし。うちで飲み直す! タクシー拾うぞ」
「うん! 」
久方ぶりの楽しい空間に、深沢の胸は心なしか踊っていた。
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