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「お邪魔しまーす」
「ちょっと一服してからざっと部屋片付ける。適当に座ってて」
深沢は急いでベランダに向かった。久しぶりの煙草をじっくりと味わう。空を見上げると、星は分厚い雲で覆われてしまっていた。
部屋に戻ると、二週間前から何も手を掛けずに放置してきた床の綿埃を取るため、雑巾を絞り出す。
「あ。これ」
取り敢えずソファに座った柏木が、床に転がってホコリだらけになっている白くて耳の垂れた大きなウサギのぬいぐるみを発見した。
それを手に取ると、埃を払ってやった。
「僕、こいつのこと好きなんだよねー」
このぬいぐるみは、誰もが一度は見たことのあるキャラクターだった。若い世代に絶大な支持を集める会社の看板要員であり、とても愛嬌のある顔をしていた。
「そうか? だったら大和にそれやるよ」
深沢はせっせと手を動かしながらそう言った。
愛実のいた頃、家事は全て彼女任せだったので久々に自分で掃除をした。
付き合う前はそれなりにしていたのだが、彼女が隣にいるようになってからは全くしなくなっていた。
今まであいつにどっぷりと甘えていたんだなと、今更ながらにして思う。
「いらなーい」
柏木はそう言いながらも自分の膝の上にそれを置いた。
「そんなに気をつかわなくてもいいよ。野郎の部屋なんてどうせこんなもんでしょ。それより早く飲もっ! 」
まるでぬいぐるみが喋っているかのように、コミカルにウサギを動かした。
笑いながら深沢は立ち上がった。
「まあ、お前がそう言うのなら」
そして冷蔵庫に向かうと炭酸水と大きめの焼酎瓶、そしてレモンの原液を持ってきてテーブルに並べた。
氷入りのグラスを二つ携えながら、柏木の横に座った。
「こんなものしかねえけど。いい? 」
「うん。ありがと」
早速この出逢いを祝して乾杯する。
時刻は午前0時を回っていた。
最初はとりとめのない話をしていたが、どんどん相手の深い部分にまで話題を掘り下げていく。
「なあ大和」
「ん? 」
「何で俺みたいなやつに声かけた」
「……」
柏木は深沢の目を見て、グラスを置いた。
「負のオーラがめちゃくちゃ出てたから。なんか、慰めてあげたいなーって思った」
「あ。バレバレ? じゃあ、マスターも実は気ぃつかってたんかな? 」
そう言ってばつが悪そうに頭をポリポリとかいた。
「いや。僕も同類だから。
同じ匂いに直ぐ勘づいただけ」
「え? 」
そう言えば店の中では聞き上手なこいつに誘導されて、自分のことばかり話してたな。
よし。今度は俺が聞いてやるか。
「どうした。何があった。オジサンが全部聞いてやるよ」
深沢がにっこりと笑ってそう伝えると、柏木も嬉しそうに笑い返して来た。
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