EP.2 そんな関係も悪くはない

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柏木にとって週末までの時間は、とても長く感じられた。 金曜日、仕事が終わると早急に身仕度を済ませて、あのバーへと足早に向かう。 いつもよりもだいぶ大きな音で入り口のベルを揺らした。 「いらっしゃいませ。今日はお早いですね」 「こんばんは」 柏木は軽く息を切らしながらマスターに会釈をした。 「深沢さんは、まだ見えてませんね」 店長は柏木の顔を見て、聞かれてもいないのに思わずそう伝えた。そしてそれを笑顔で誤魔化した。 柏木は、駄々漏れになっている自分の必死さに気が付いて顔が熱くなった。 ◇◇◇ いつものようにマルガリータを頼んでそれをちびりちびりと飲んでいると、誰かが入ってきた。 柏木は直ぐ様振り向き、笑顔になる。 「よう、久しぶり」 「久しぶり。元気だった? 」 「ああ」 仕事帰りだろうか。初めてみる深沢のスーツ姿に、思わず見惚れてしまった。 いつもはスウェット上下かジーンズを纏い、無造作に下ろされた長い前髪が印象的だったが、今日の彼はネイビーのスーツに爽やかな寒色系のワイシャツにネクタイ、そして髪型はオールバッグで決めていた。 「まるで別人みたい。誰かと思った」 深沢はそれを聞くと、ふっと笑って柏木のの隣に座った。 「あー、今日もやっと終わったー! スクリュードライバーお願いします」 そう言って、ネクタイを緩めてシャツの第一ボタンを外す。 柏木は、深沢の仕草、一言一句にいちいちときめいてしまい、それがばれぬように彼からそっと目を反らした。 グラスの底に少しだけ残っていたマルガリータをぐいと口に運ぶ。 「仕事帰り? 」 「うん」 「フカっちゃんて何してるの? 」 「赤ちゃん用おもちゃの営業」 「えっ? そうなの? なんか可愛くて意外だなー」 深沢はマスターからそっと差し出されたスクリュードライバーを受け取り、グラスの中の氷をカラリと鳴らした。 「大和。お前は何の仕事してるんだ? 」 今度は柏木が答える。 「何だと思う? 」 「……お前ベビーシッターとか向いてそうだよな。保育士とか」 「いーや、違うんだなー。でも子供は好きだな、確かに」 「だろ。絶対に好かれるよな。そんな優しい顔してるんだから。いいよな」 「え……急にどうした」 「俺なんて今日、子供泣かせちまったぜ」 「? 」 「仕事で取引先の施設に行ったわけよ。そしたらそこにいた一歳くらいの子と目が合って。突然ギャン泣きされたわ。母親には悪いし、めちゃくちゃ気まずかった」 柏木はそれを聞いて盛大に笑った。 マスターも堪えきれず、ばつが悪そうにして笑っていた。 「あー、それホント、フカっちゃんらしいよね」 深沢は二人に憎まれ口を叩いた。 「あんたら笑いすぎ。大体マスターだって俺と似たようなもんでしょうが」 「それは否めません」 マスターは即答した。 「で、結局大和は何してるんだ? 仕事」 柏木は頬杖をつくと深沢に顔を向けて答えた。 「薬局で働いてる」 「へえ! そうなのか。なんか似合うな」 柏木はそう? と照れくさそうに笑った。 それからお互い仕事のことをずっと話したり、聞いたりしていた。 「ねえ、今日はうちに来て飲まない? 」 柏木は店を出た途端、深沢を誘った。 下心があってそうしたわけではなかった。 純粋にもっと色んなことを話したい。 それ故今日は思っていることをすんなりと言うことが出来た。 二人はまたタクシーを拾うと、柏木の家に向かった。
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