EP.2 そんな関係も悪くはない

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「その悩み、随分と壮大だな」 深沢はうーん……と唸りながら天井を仰いだ。 そしてぽつりぽつりと語り始める。 「ずっと昔……俺が小学校の頃だ。 うちのじいちゃんの葬式のあとでな。坊さんが言ってたんだよ。 じいちゃんが死んじまったみたいに、この世の全ては常に移り変わってゆく。 これは神仏でもどうにもならないことらしい。 それを聞いた日の夜。自分が死ぬのはいつなんだろうって考えたら、怖くて眠れなかったよ。一晩中目を開けて布団にくるまってた。 でもな。次の日母ちゃんが作った朝飯のウインナー食ったら、そんな事はもうどうでも良くなっちまった。旨かったんだよ、ウインナーが。 今になってやっとあの坊さんの説法が頭に入ってくるよ。 人は今日と明日じゃ、肉体も気持ちもどうしたって変わって行くんだってこと。…… んで、それが生きてる証拠であって。 変化を無闇に怖がらなくてもいい。 立ち直れないほどのどん底に叩き落とされたって、この世はうまくできてるもんだ。 そのお陰で前とはまた違った形の幸せがあることに気が付く。 その時にそれを見ようとするかしないか。 ……まあ、何て言うんだ? 過ぎたことに囚われるのはほどほどにしておいて、次に必要なもん探すことに夢中になった方がいいんじゃねえかな? と、まあ、こんな御託はもういいか。 要するに、俺は彼女に振られて最悪だったけど、そのお陰で大和と会えたから。 これが俺の新しい幸せだな」 「……」 柏木はいつの間にか顔を覆っていた手を取ると、深沢の言葉に黙って耳を傾けていた。 「それって……どういうこと? 」 「え。伝わんなかった? 」 深沢は思わず苦笑いした。 「だから結局永遠の愛なんていうものは存在しないんじゃないかと」 「そのあと」 「ん? 」 「……僕が……今のフカっちゃんを幸せにしてるっていうの? 」 「……うん」 柏木は身を乗り出して聞いた。 「何で? 」 深沢はたじろぐ。 「何でって……」 答えを待つ柏木の顔は、まるで本当の子犬が何かを求めている様で、深沢は思わず笑ってしまう。 「大和といると、楽しいから」 それを聞いた途端、柏木は固まってそれから顔を少し赤らめると目を反らした。 「フカっちゃん」 「何? 」 「あのね。すっごく我儘なお願いしても、いい? 」 おう、と深沢も身を乗り出して相槌を打ち、真剣に聞き入る。 「フカっちゃんはこの先、もしかしたら元カノと寄りを戻すことだってあるかもしれない。そうでなくても、新しい女性(ひと)に出会うことだって。 でもね。僕は僕で……この先恋人が出来た時。煩悩や欲にまみれて、相手を所有物みたいにしてしまう癖をどうにかしたいんだ。 それに……たまに無性に人恋しくなってしまって、飢死にしそうになる。 そんなんだから…… どちらかに新しい恋人が出来るまでの間でいいから。 これから、会いたくなった時はいつでもフカっちゃんの側に行っても、いいかな」 柏木は、あまりにも深沢のことが好き過ぎて、自分がどれだけ無茶で大胆な告白をしているかなど、全くもって気が付いてはいなかった。 しかしそれを聞いた深沢は、吹き出した。 「俺はお前の生き方の練習台か」 柏木は、『駄目か』と諦めにも似た悲しそうな上目使いをした。 しかし深沢は優しく笑いかける。 「いいよ。俺の隣、今丁度空いてるから」 柏木は悲しそうな目から一転、驚きの表情に変わった。 僕。…… どうして自分がこんなにもフカっちゃんに惹かれて行くのかがようやく解った気がする。 この(ひと)は僕がずっと探している答えを持っているからだ。 お互い微塵も縛ることのない関係。 もしかしたら、こんなにも相手のことを尊重している接し方なんて他に無いのかもしれない。 このままでいい。 このままが、いい。 そんな事を考えていると、深沢が切り出した。 「それってさあ」 「? 」 「セフレってことでいいの? 」 涼しい顔をしてそう言ってくる彼に相反して、柏木は顔がみるみると赤くなった。 「うん。まあ……そういうとこかな」 深沢はにんまりと笑い、念を押した。 「言ったな。確かに今言ったよな」 「うん。言ったよ」 柏木は肯定するも、恥ずかしくなって顔を背ける。 「大和」 名前を呼ばれたのでチラリとそちらに目をやる。 「キス、していい? 」 「うん。まあ……どうぞ? 」 深沢はゆっくりと柏木の隣に移動すると、片手で彼の頭をそっと引き寄せて、そのまま躊躇いなくキスをした。 自分の後頭部に触れている深沢の手のひらと、正面で今感じている彼の唇。そしてその心……それらがとても温かく感じられて、柏木の目に思わず涙が滲む。 何度も何度も顔の角度を変えながら、お互いに舌を求め合っては、優しく絡め合う。 気が付けば、どちらも相手の腰に手を回していた。 息継ぎをするタイミングで、深沢は柏木の横髪をさらりと撫でて尋ねる。 「今日はどこまでする? 」 それに答えて、柏木はにっこりと笑う。 「最後まで、出来るよ」
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