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一人づつ交代で、シャワーを浴びた。
柏木は、繋がるための準備を一通り済ませた。そのあとようやく二人でベッドに裸で寝転ぶ。
照明を暗めに落とし、柏木が上に跨がる。
そして無言のまま深沢の唇を、右の人差し指の背で縁の方へそっとなぞっていった。
「フカっちゃん、好き」
うっとりした顔でそう伝えると、深沢の唇が柏木の指先の下で動いた。
「なら付き合っちゃえばいいのに」
「それは……」
柏木はそう濁して唇から指を外した。
「やめておく」
「何で」
今度はその手で深沢の前髪を慈しむようにサイドへと流した。
「フカっちゃんとは恋人になりたくない」
「何で」
そう言い終えた瞬間、柏木から優しくキスをされた。
彼は唇をゆっくりと離すと、瞳の奥底に少し影を落として答えた。
「今が一番幸せだから。君に僕の醜い部分を見せたくない。相手を自分の思い通りにしようとして周りが見えなくなるところとか、嫉妬に狂って余裕がなくなるところとか。元彼と別れるとき、散々僕のそういうところを指摘されたんだ。
自分じゃ全く気が付かなかったけど、僕ってそういう人間なんだって、思った」
ふっと笑った深沢は、柏木の顎を優しく撫でた。
「面倒くせえやつ」
「そう。僕はとっても面倒くさいんだよ」
柏木はそう返すとゆっくりと少し下がり、顔を傾けて深沢の胸に耳をあてた。
そして目を瞑りながら続ける。
「フカっちゃんだってわかんないでしょ」
「? 何が」
「僕と付き合ったらさ。いざ別れたくなった時、簡単に切ることが出来るの? 大事な元カノが、今電話で『寄り戻して』って言ってきたら、どうする? 」
「……」
「ほらね。結局は色々と気をつかうんだよ、恋人の誓いをたてるっていうことは」
柏木は顔をあげると深沢の目を見ながらにこりと笑った。
「だから、単純明快な付き合い方、していこう」
深沢は目を横に流して呟いた。
「まあ……お前がそれでいいんなら」
「本当に優しいね、フカっちゃんは」
柏木はふふっと笑いながら続ける。
「本当はね。初めて会ったあの夜で、フカっちゃんとはどうせそれっきりなんだろうなと思ってた。
彼女にまだ未練たらたらみたいだったし。
だから連絡先を交換出来ないように僕、わざと朝早くに家を出たんだよ」
それを聞いた深沢はすかさずに突っ込んだ。
「お陰で暫くの間、バーで待ちぼうけしてたわ」
くすりと笑いながら柏木は深沢の頬に指を滑らせた。
「あんなに待ってくれてるとは思わなかったよ。……これからよろしくね」
「……はい」
深沢は、何となく神妙に頷いた。
「あと、覚えておいて」
「? 」
「もしフカっちゃんが僕から離れて行くときには……引き際をきちんとするから。絶対に何も文句は言わないし、『戻ってくれ』なんてすがったりはしない。
僕から誘ったんだ。これだけは何がなんでも約束する。
笑顔で『さよなら』って送り出すから。
僕のプライドにかけて」
柏木は真剣な顔でそう伝える。
沈黙の時が流れて、そのまま暫く二人で見つめ合う。
先に口を開いたのは、深沢だった。
「……なあ」
「ん? 」
「キスマーク、つけてもいい? 目立たなくするから」
柏木は柔らかな表情で答えた。
「いいよ」
深沢は動いた。
柏木の背中に両腕をまわすと、彼を自分の方に引き寄せてぎゅうと抱き締める。
暫くしてそこからごろんと半転して、柏木の背をベッドに貼り付ける。
今度は深沢が上になり、するするとした滑らかな白肌にそっと吸いついた。
敏感に感じて思わず漏れてしまった柏木の声には、甘ったるい吐息が入り混じっていた。
◇◇◇
深沢は、中に押し込める度に何度も自分の名前を呼んでキスを求めてくる柏木のことが、可愛くて可愛くて仕方がなかった。
余裕がいよいよ無くなってきて、真剣な表情でいる深沢の顔を柏木が両手で包み込む。
そして高みにのぼる寸前なのか、とても悩ましげな表情をこしらえて言葉を放った。
「フカっちゃん、好きっ! 」
その瞬間、深沢は膜の中で絶頂を迎えた。
柏木の汗ばんだ額には、前髪が少しだけ貼り付いている。
「……どうだった」
そう聞かれた深沢は、鼻の頭から汗を一滴垂らして息を切らしながら囁く。
「最……高」
二人はやっと一つになった。その後も足りずにもう一度愛し合って、長い夜は更けていった。
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