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それから一週間後。
「ごめん、先に向かい側の公園で待っててくれ。あと15分くらいかな。なるべく急いで帰る」
「うん、わかった。ゆっくりでいいから、気を付けて帰ってきなよ。うん、うん。じゃあね」
二人はまた深沢の家で会うつもりだった。しかし深沢の仕事が長引いてしまい、予定通りに帰れなくなってしまった。
柏木は先に駅に着いて深沢のマンションへと向かっていた。
その途中で今のような電話が入ったのだった。
深沢が一緒でなければ入ることが出来ないので、マンションの向かい側にある公園で待つことにした。
その道すがら、少し先に目をやると見たことのある後ろ姿をした人物がいた。
エコバッグを地面に置き、立ったりしゃがんだりして脚を屈伸させている。
……隣の部屋の溝口さんだ。
柏木はようやく思い出した。
とりあえず目的地の公園に歩みを進めていると、遂に彼女のすぐ後ろまで辿り着いた。
未だ地面に置かれているエコバッグにちらりと目をやれば、1,5リットルのペットボトルが二本、そこに入っていた。
なるほど。これのせいでなかなか進めないのか。
柏木は気が付くと声をかけていた。
「こんばんは。もし良ければ、途中までですけど荷物お持ちしますよ」
すると彼女は一番初めにまずは警戒した。
訝しげな顔で暫く柏木の成りを観察する。
しかし直ぐに目を丸くして、何かを思い出したようだった。
「あらぁ。あなたはこの前の……」
◇◇◇
「ちょっとそこに座っていて頂戴」
溝口さんはそう言うと、柏木を公園のベンチに座らせて、敷地内にある自動販売機へと向かった。
そしてお茶を二本そこから落とすと、柏木のところへ来てそのうちの一本を彼に差し出した。
「はい。これは荷物を運んでくれたお礼。ありがとうね。とっても助かったわ」
「かえってすみません。気をつかわせてしまって。ありがとうございます」
柏木が遠慮がちにそれを受けとると、溝口さんも彼の横に座ってお茶のキャップを開けた。
「あのね。余計なお世話かもしれないけど」
彼女は神妙な顔をして口を開いた。
「今日も深沢さんのところに遊びに来たの? 」
「え? あ……ああ。はい」
突然聞かれたので柏木は驚いたが、そう答えた。
「あの人ね……お付き合いしてる方がもう一人いらっしゃることは、ご存知? 」
「……」
柏木はあまりにも唐突な発言に、またもや意表を突かれて思わず無言になってしまった。
「同棲してる方がいらっしゃるようなのよ。そうねえ。もうかれこれ、三年位になるかしら」
元カノのことだ。……
柏木は、やっと理解した。
「あ、はい。それは聞いてます。でも……もう一ヶ月も前に別れてるみたいです」
それを告げると、溝口さんは暫く押し黙った。
どこかで工事をしている音だけが辺りに響き渡る。
それから暫くして、彼女がやっと口を開いた。
「……あらぁまあ、なんてお節介なこと言っちゃったのかしら。
そうだったの。ごめんなさいねぇ」
申し訳なさそうに平謝りしてくる溝口さんに柏木はいえいえと笑顔で答えた。
「そう言えば最近あのお嬢さんお見かけしないと思ってたのよねぇ。あらぁ、そうなのぉ。前はお二人で良く仲むつまじくお出掛けしたりしてたのに。そういえば最近、ずっと別々に行動していたわぁ」
柏木はそれを聞いて、胸の奥が少し疼いた。
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