EP.4 俺を見て

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追加で注文した酒と肴を平らげると、深沢が切り出した。 「俺、煙草吸いたくてもう限界。そろそろ出よう」 「うん」 そうして帰り支度をしていると、深沢が突然尻ポケットから財布を取り出して、そこから二万を抜いた。そして柏木に頼んだ。 「大和、これで払っといて。先にビルの外で待ってて。俺は便所行ってから外に出るわ」 「わかった」 柏木は言われた通り、レジへと向かった。 深沢はビル一階にある店を出ると、少し奥まったところにある建物共用の男子トイレに直行した。すると、そこには小便器が三つと、個室が二ヶ所あった。 誰か一人が先に小便器で用を足していた。 深沢はその隣で用を足し始めた。 それが終わると手洗い場に向かった。 そこも三ヶ所あって、先程用を足していた男が鏡を見ながら真剣に自分の髪の毛をセットしていた。 深沢は鼻唄まじりにその男の隣に並んで、彼がいるすぐ隣の蛇口を最大限に捻った。 そしてわざと絶妙な角度で大放出している水に手を入れた。 するとその水の殆どが、隣にいた男にかかった。しかも彼が履いていたズボンの股間周りが最も濡れてしまっている。それはいかにも粗相(そそう)したかのように見えた。 「うわぁっ」 「あらっ。すみませぇーん」 男は深沢に詰め寄った。 「どうしてくれんだよこのヤローっ」 当然、かなりのご立腹である。しかし深沢は焦ることなく平然としてそれに返す。 「困ったなあ……代わりの服もねえし、(かね)もすっからかんだし。あ、そうだ」 そう言うと、自分の右の頬をすっと差し出した。 「どうぞ。今何もお詫びが出来ないんで、せめて気の済むまで俺のこと殴ってください」 男はそう言われると、たじろいだ。 頭のなかで色々と整理する。 深沢の言っていることは一見めちゃくちゃだったが、酔いもあってか男はそれに気が付く様子もなかった。 ただ気になったのは、こいつを殴るとどうなるかということだけである。 言われるがまま一発ぶん殴るとする。しかしその後万が一訴えられでもしたら、結局自分に更なる面倒ごとが降りかかってくる。 そんなことを計算した。 そして男の出した答えはこうだった。 「もういいよっ。目障りだからどこかに行っちまえ! 」 「あ、そうすか? ありがとうございまぁーす。ほんと……すんませんでしたぁー! 」 深沢はわざとらしく棒読みで謝りながら、自前のタオルハンカチで水浸しになってしまった洗面所の周りを丁寧に拭き取ると、その場をあとにした。 そうしてビルの入り口まで来ると、ぼそりと呟いた。 「ほんとは顔面に焼酎ぶっかけたかったんだけどな」 ――――――――― 深沢が水をかけた相手は、柏木の元彼だった。 彼は気が付いていなかったが、深沢は柏木と飲んでいる間、個室の空いている隙間から彼が何度か席を立つのを見ていた。それで顔と服装をしっかりと覚えていた。 そろそろお開きにしようと思っていた矢先、その男がまた席を立ったのが見えた。 おそらく用を足しに行ったのだろうと考えた深沢は、柏木の仇討ちを決行したのだった。 ―――――――― 柏木に勘定を頼み、外へ出ているように指示したあと一人元彼を追ってトイレに向かった。 あんなことになった時、本当はあの場で柏木の仇を取ってやりたかった。しかし公の場でこちらから因縁をつけたりするのは大人気(おとなげ)ないことだと思っていたので、黙っていた。だが帰り間際になってから、用を足しに行くついでにトイレでの復讐を思い付いたのである。 「もうー。遅いよフカっちゃん。タバコ吸いたくてもう限界とか言ってなかった? 」 「わり。ウンコしてた」 「はあ? こっちは急いでお会計済ませたのに」 「ごめんごめん。チューしてやるから」 「ちょっとやめなよ! 誰かが見てたらどうすんのっ」 柏木は深沢の顔を押し退けようと手を伸ばしたが、その瞬間おでこに軽くキスをされた。 それにドキッとしてそのまま顔を赤らめて固まってしまった。 そんな彼の頭に片方の手をポンと乗せると、深沢は囁いた。 「可愛いなあ、大和。お前本当に可愛いよ。この世のどんなものよりも魅力的だ」 「もうからかわないでよっ。これ以上慰めなくてもいいからっ」 深沢に珍しく歯の浮くような台詞をもらって、そんな憎まれ口を叩いてしまった柏木だったが、内心はとても嬉しかった。しかし単純だと思われたくなくて、ひたすら感情を隠すように努めた。しかし顔は正直なもので、笑みが漏れて思わずにやけてしまった。 そんな柏木を見て、深沢は顔を綻ばせる。 今日の出来事で何となくわかった気がした。 柏木が顔に似合わず、常に大人びたことを口にしようとする理由が。 わざとスれた恋愛観を押し付けてくる訳も。 そしてそれが本来の自分ではないから、ちぐはぐになっているということも。 おそらく元彼が全て影響しているのだろう。 深沢に会ってからも、元彼から受け取った別れ際の言葉をまだ気にしていて、彼の嫌がっていた自分の一部分を捨てようとしている。そして気持ちとは裏腹な嘘を塗り固めていく。 存在意義を見出だすため、己の性質を再構築しようとして。 ……それほど彼のことが好きだったんだろう。 そう思った。 「ねえ、フカっちゃん。うち来る? 」 柏木が誘ってきた。 「もちの、ろん」 深沢は即答した。
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