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今から丁度二週間前。
「もう別れたい」
四年間苦楽を共にしてきた彼女の愛実から最後に贈られた言葉は辛辣だった。
「え。何で? 」
深沢にとっては全くもって寝耳に水で、そう返すのがやっとだった。
「夢がない」
「え? 」
「……あんたといると、夢が見られない」
「は? 」
前兆をまるっきり察知できなかった。あまりのショックに思わず顔が半笑いになる。
「兎に角、気が利かなくて思いやりがない。
行動がワンパターンでやることなすこと全てが親父くさい。
ズボンとか靴下は脱いだら脱ぎっぱなし。
何でわざわざ脱いだ形のままそれを残しとくかなあ? 今まで何回注意したことか。
あんた洗濯カゴの使い方習ってないわけ?
赤ちゃんの方がまだ見込みがあるわ! 」
愛実はそこで大きく、実に大袈裟に溜め息をついた。
「つまり行き着いた結論を一言で表すと……
あんたといたって全っ然楽しくない。
お先真っ暗よ! 」
一瞬にして血の気がサァッと引いた。
辺りがどんどん真っ暗闇に侵食されていく。
「どっ……」
「何よ」
「どちらかと言えば俺の方が真っ暗だと思うんですけど。今」
救いようのない『でくの坊』は、この期に及んでそんな言葉を投げ返してきた。
しかもよほど動揺しているのか、スウェットパンツのポケットから煙草を取り出した。片手にそれを持ちながらもソファで体育座りを続けている。どうやらその場で吸うつもりだ。
愛実はそれにカッとなり、その辺に転がっていたウサギのぬいぐるみをわしっと掴むと渾身の力を込めて深沢に投げつけた。
このぬいぐるみは二人が付き合いたての頃にUFOキャッチャーで取ったものだ。
愛実がどうしても欲しいというので、一万円もかけてようやく取り出し口に落とした想い出の品だった。
ボスンと鈍い音をたて、それはまた床へと転がった。
愛実に涙は全く見られない。
ただただ深沢を恨めしそうな目で睨み付けている。
よほど愛想が尽きていたのだろう。
痛いくらいにそう感じ取った。
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