EP.13 分岐点

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次の日柏木は、一足先に出勤する深沢を自分の家から送り出した。 玄関から部屋に戻りテーブルに乗っている自分のマグカップを手に取ると、飲みかけの少し(ぬる)くなったコーヒーを口に運ぶ。 そしてそれをまたテーブルに置いた時、ふと父からの手紙のことを思い出した。 自分が今抱えているこの揺らぐ気持ちを打破するのに、一役買ってくれるかもしれない。 そう思った。 急いでバッグの中に手を入れると、それを取り出した。 この内容次第でこれからのことを……決めよう。 そんな覚悟で、封を破った。 静寂のなか、それをどんどん読み進めていくうちに涙が溢れてきた。 心のどこかでずっと期待していたことが、そこに書かれていたからである。 『 大和へ お前に対して大人げないことをしてしまったな。本当にすまない。 だが、私はまだ戸惑っている。 お前は何も悪くない。 しかしいけないことだと知りつつ、どうしても冷たい態度をとってしまう。 何故だろうと自分なりに考えてみた。 私はお前が可愛くて、仕方がない。 小さな頃から傍らで見てきたが、聡明で素直で、何よりも私達家族のことをとても大事にしてくれる。 そんなところがいじらしくて、逆に守ってやりたくなる。 しかしお前に初めてあそこまで楯突かれて、思わず頭に血がのぼってしまった。 本当はそんな生き方だってあると、認めてやりたい。 それが素直に出来ない、愚かな父親だ。 正直に言うと、実は以前から期待をしていた。 無事に社会人として仕事を持ったお前がそろそろ彼女をうちに連れてきて、私達に紹介してくれること。 それから向こうの家に挨拶に伺って、結納をしたり結婚式のプランをたてたりすること。 ゆくゆくは、おまえの孫をこの手に抱いてその子と一緒に遊ぶこと。 小さい頃にお前にしてやったようにだ。 それが私の、いや私達夫婦の子育ての集大成だと信じてきて疑わなかった。 だが、実際は違った。 決してお前を責めているわけではない。 ただ、その思惑が外れて今少し混乱しているだけだ。 お前の人生はお前のもの。 好きに生きたらいい。 本当はお前から打ち明けられたあの時、こう言いたかった。 だが口ではどうしても出てこないので、こうして手紙を書いてみた。 いつでも遊びにきてくれ。 いや、来てほしい。 顔がもっと見たい。 お前はいつまでも変わらぬ可愛い息子だ。 私のことは恨んでも避けても構わない。 お前にこんな仕打ちをしたんだから、当然だ。 だが、母さんのことをこれからもよろしく頼む。 私に何かあった時は、お前が守ってやってくれ。 父より』 手紙を全て読み終わった柏木は、テーブルに突っ伏した。 そして声を殺し肩を震わせながら、ひっそりと泣いた。 封筒には柏木の今住んでいるアパートの住所が途中まで書かれていた。 恐らく最初は八坂さんの家に同行した時に手渡しをしようと思っていたのだが、それが出来なかったので自分のところに郵便で送ろうとしたのではないだろうか。 そう思った。 泣き止んで落ち着くと、柏木は母に電話をかけた。
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