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「やった。じゃあ、お邪魔しますね」
男は自分のボディバッグを手に取ると、席を移動して深沢の隣に座った。
人懐っこい彼に何だか照れくさくなって、まともにそちらを見ることが出来ない。スクリュードライバーの入ったグラスを両手で覆いながら、揺れて少し波打っている酒の表面をずっと見ていた。
「初めまして。僕、柏木大和って言います」
「……どうも。深沢っす」
人とずっと目を合わせているのがどうも苦手だった。
深沢は顔こそ柏木に向けているものの、視線は相手の指先にやっていた。
「この店、すごくいいですよね」
柏木はいきなりプライベートなことではなく、当たり障りのない話題を持ってきた。
こいつ人馴れしてやがる。こんな仏頂面を前にして、普通なら怖じ気づくだろ。全然怯まねえな。
「そうっ……すね」
この話題はそこで終了してしまった。
今までこういうことは何度もあった。
話に全く興味のなさそうな深沢の態度に、初対面の相手は結局距離を置いてしまう。
だが本人は決して相手を避けているわけではない。ただ単に緊張していて、何を話せば良いかがわからなくなってだんまりしてしまうだけなのであった。
我ながら、良い歳をしてなんと厄介な性格なんだろうと改めて思った。
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