神官候補生の好敵手

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 机に突っ伏して呻くメイを見下ろして、ミハイルは自習室の壁に掛けてある鏡を覗きに行く。  窓から差し込む陽射しに照らされ、白く飛びがちな薄い色合いの金髪は、多少の乱れはあるものの見慣れたもの。顔に汚れがあるわけでもなく、碧眼がこちらを見返しているだけだ。 「僕の顔、そんなにおかしいかい?」 「おかしくないわよ、むしろ上等の部類じゃない?」  呆れたように答えが返ってくる。  容姿が整っているほうだという自覚はあるミハイルは、褒められ慣れているし、受け流すことも得意だと思っていた。  しかし、メイに言われると妙に嬉しかった。この気持ちはなんだろう。  わからないけれど、褒めてもらえるのは良いことだと思ったので、同じことを彼女に返すことにする。 「ありがとう。メイもすごく可愛いと思うよ」 「それはどうも」 「本当だってば。渡した香油、使ってくれてるんだよね。うちの姉のお勧め品なんだけど、髪に合ってよかったよ。すごく艶が出て綺麗になったよね」  鳥の巣じみていた黒髪は、(くしけず)るうちに艶が出て、天使の輪ができるほどになった。まっすぐに伸ばしてみると肩にかかる長さ。邪魔になるのか、よく耳にかけている。 「それになんといっても瞳の色が綺麗だよね。ずっと見ていたくなるぐらいに」 「もういい、なんなの、ほんと。バカなの?」 「君が来るまで一位を譲ったことがないぐらいなんだけど」 「いやそういう意味じゃなくて!」 「じゃあ、どういう意味だよ」 「貴方のお友達にでも訊いてみなさいよ」  メイは答えを返してはくれなかった。その話題は打ち切られ、テキストに向かってしまったので、ミハイルも机に戻って、定位置と化した隣に着く。  ちらりと視線をやると、真剣なまなざしで書き物をする顔が目に入る。華やかさはないけれど、純粋に綺麗な横顔だと思えた。  女性は褒めなさい。あんたは顔がいいんだから、その(つら)は有効活用すべきよ。  でも、あくまでも社交辞令の範囲でね。言葉を選ばないと、八方美人すぎて刺されるわよ。  姉と従姉妹たちによく言われる台詞だが、学問とは違う分野の処世術はなんとも難しい。  メイに告げた言葉は間違っていただろうか。  社交辞令ではなく、本当にそう思っていたからこそ告げたのだが、むしろそれが駄目だったのだろうか。 「なあ、どう思う? 褒め言葉って難しいな」 「うん、わかった。おまえはバカだ。俺は初めてジョーンズ嬢に同情した、気の毒に……」  友人に訊ねると、溜め息とともにそう答えが返ってきて、ミハイルは首を捻ったのだった。
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