神官候補生の好敵手

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 つい眺めていると、メイは居心地が悪そうに身じろぎをし、やがて不機嫌そうに頬を膨らませてミハイルを睨んだ。 「リヒター卿。もうよろしいですか、私、予習をしたいんですが」 「ああ、ごめん。じゃあ、ここで一緒にやる?」 「はあ?」 「この部屋はリヒターの名でずっと借りてあって、うちの人間なら誰でも使えるようになっているんだ。ずっと昔から」 「さすが名家ですね」 「あー、うん。でも寄付に関しては、もう義務みたいなものだし、それも仕事のうちというか」  他の貴族もおそらくは似たようなもので、面子や体裁によって行われているのが本音だろう。  寄付が滞れば、すなわち家が傾いていると見做される。  名を保つために納めている家は多いに違いない。 「面倒ですね、貴族って」 「そうかもしれない。君は――いや、なんでもな」 「ええ、私はただの一般人です。父は地方の兵士ですし、お金もないので奨学生です」  メイはそう言って肩を竦める。 「ですから成績を下げるわけにはいきません。リヒター卿には悪いと思いますが、負けませんので」 「望むところだって言っただろ? じゃあ、なおさら一緒に勉学に励もうじゃないか。互いに苦手な部分を補えば、まだ上にいけると思わないか?」 「いいんですか? ますます勝てなくなるかもしれませんよ?」  不敵な笑みを向けられて、ミハイルはますます楽しくなってきた。  張り合う相手は年上の神官ばかり。ガキのくせにと陰口を叩かれるほうが多くて、面と向かって勝負をする相手はいなかった。これがきっと好敵手という存在なのだろう。  同級生と楽しそうに剣を交えているマックスが羨ましかったミハイルは、同じレベルで競い合えそうな生徒を見つけたことが嬉しい。 「望むところだよ。ジョーンズ嬢」  手を差し出すと、伺うように視線で問われる。頷きを返すと、わずかな躊躇いのあとで握り返された。  姉や従姉妹をエスコートするとき以外、女の子の手を握ったのは初めてかもしれないと気づき、ミハイルはなんだかくすぐったい気持ちに襲われる。  マックスとは違うタイプの友達。  初めての異性の友達だ。
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