神官候補生の好敵手

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「なにか用ですか?」 「取り立てて、用事というほどのものはないんだけど」  図書室の自習机にいるメイに声をかけると、不機嫌そうな顔を向けてくる。  年頃の女子に騒がれがちなミハイルは、そのあまりにも素っ気ない、むしろ「迷惑です」と顔に張り付けたような態度が新鮮で、笑みが浮かんできた。 「挨拶をしようと思ったんだ。君が編入してきたとき、学校を離れていたから」 「知ってます。神官候補生のリヒター卿ですよね。お仕事をされていたとか」 「ああ、うん。そうなんだ」 「…………」  沈黙が訪れた。会話が続かない。  相手は自分から話すつもりはないらしい。たしかに声をかけたのはミハイルのほうで、彼女にとっては「勉強の邪魔をしている男」に過ぎないのだろう。  もう用は済んだとばかりに視線を机上に戻した彼女に追いすがるように、ミハイルは口を開く。 「なにを調べてるんだい? 回復術の応用書みたいだけど」 「過去に受けた傷でも、治癒の可能性はあると聞いたので」 「どこか怪我を?」 「私ではなくて、父が。あと、お世話になっている方も」 「どんな怪我だろう。僕でよければ力になるけど」 「神官さまのお手を煩わせるつもりはありません」  ぴしゃりと撥ねつけられる。それは拒絶に近いもので、ミハイルは鼻白んだ。  メイのほうはどうかといえば、ミハイルに目を向けることなく、ただ机に向かっている。不揃いで黄ばんだ紙束、使いこまれたペンを握る手はインクで汚れていて、その手で拭うせいか頬も少し黒ずんで見えた。  大きな眼鏡をかけていて、顔が小さく感じられる。伸びた前髪で表情は分かりにくいが、口元はぎゅっと結ばれていて、機嫌はかなり悪そうだった。  神官を疎ましく思っている層がいることは知っている。  外科治療を行う医師とは違った治癒魔法は、万能なように見えて制限はある。血が失われすぎたら人間は死に至るし、衰弱している人間を救うのも難しい。救いたくとも救えない事象は存在するが、その差異は表には見えづらい。  ゆえに、階級差別をしていると責められることもしばしばだ。  それらをいなし、受け流すことも神官の心得のひとつと言われている。まだ本職ではないミハイルも似たような悪意を向けられたことはあるが、同級生から放たれたそれは予想外だったからこそ、言葉を失う。 「君がいくら優秀だったとしても、救えない命もあることは覚えておいたほうがいいと思うよ」 「そんなことわかってるわ!」  言わなくていいことを言った自覚はある。  悪意に悪意で返すなんて最低だ。  あとになってそう思ったが、ミハイルとメイの出会いはそれはもう最悪な形で終わってしまい、だから次に相手から話しかけられたことがミハイルには意外だった。  彼女にそれを強いた連中には怒りもあるが、結果的に良かったとも思う。
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