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「先日は申し訳ありませんでした。リヒター卿に大変な失礼を」
出会いがしら、深々と頭を下げてきたのは、メイ・ジョーンズ嬢である。
いつにもましてボサボサした黒髪は、鳥の巣と称したくなる状態。よく見るとそれだけではなく、着用している制服も汚れているようだ。
彼女に対する噂話の中に、中古の制服についてもあったと思い出す。その費用すら捻出できないのかという貶めだが、「武闘派の第二はやたら制服を汚すから」ということで、卒業生のお下がりを支給する制度がある。利用者は第二クラス以外にもいるので、メイが嘲笑の対象になるのはおかしな話だ。
下げた頭を上げようとしない姿に焦れて、ミハイルはメイの腕を取る。サイズが合っていないのか、思っていたよりも腕が細い。すり抜けてしまわないようにもう一度握りなおして、別棟へ向かう。
一定の金額を支払えば借りることができる場所だ。
自身の休憩用、自習室として利用することも可能であるし、人の目が届きにくいということで、恋人との逢瀬に使う者もいるというが、ミハイルはもっぱら個人的な利用だ。
その一室にメイを招き入れたのちに施錠する。
未だ俯いたままの彼女の顔を半ば無理やり引き上げて、ミハイルは眉根を寄せた。
「誰にやられたんだ」
「言う必要がありますか」
左頬を腫らしたメイは頑なだ。
「今回のことは私に非があったわけですし、暴力に暴力で返すのもどうかと思いました。やり返したら、その時点で私の負けが確定ですよ。穏便に済ませたほうが得策でしょう」
「だからといって、そんな顔のまま――」
「痛々しいでしょう? ポーズですよ。こうしておけば、やった相手も溜飲が下がるでしょうし、この状態が酷ければ酷いほど、私には多少なりとも同情が集まります。治さずに放置が正解です」
笑おうとして頬が痛んだのか、メイは顔を顰めた。
「……その非というのは、あの図書室でのこと? つまり、誰かが見ていて、君に謝罪を要求したわけだ」
「リヒター卿は学院のトップをずっと守っていらしたんですよね。それを私が覆したことも駄目だったようです」
「なにを馬鹿な……」
「怒っておられないのですか?」
「手を抜いたつもりはないし、今回は君が勝っていたというだけの話。競争相手が出来て、僕はむしろ嬉しいよ。望むところだ」
ミハイルが笑うと、メイは驚いた顔をして固まった。やがて頬がゆるみ、笑みを浮かべようとしてまた顔を顰める。
治療は不要だと彼女は言ったが、見ているこちらのほうが居たたまれない。無意識に手で押さえようとしている隙を縫って、ミハイルは先んじて彼女の頬に手で触れる。
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