雨の日のお刺身

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

雨の日のお刺身

「雨降ってるし見送りなんていいですよ、又連絡しますね」 「うん、お休み、楽しかったよ、後でラインしとくね」 ウィンドウを上げ車が走り出し、離愁漂うクラクションが 〝プップッ〟 と2回鳴る。 テールランプが灯り右ウインカーが点滅した後、傘を片手にちょっとだけ手を振って送る。 〝今し方までいたして頂きありがとう。そしてまたお願い致します〟 礼の気持ちをもって事を終えた余韻を味わう。 武道でいうとこの残心みたいなものだ。 ディテールで手を抜かないというのが私の流儀であり、ここまで終えて漸くセックスの1ターンが終わる。 些細な事が次回の展開を決めたりもするので、最後の最後まで気が抜けない。 送らなくてもいいとは言いつつも、曲がり角でバックミラーの写り角から私が見切れるまでの様子を見ていない男はいないわけだし。 今日の彼は体育大学の三回生。 ジムでマシンの使い方を教えてくれたのをきっかけにして事に及び、以降週一で会うヘビーローテーション組の1人である。 体育大学生の体力に加え意外と繊細で気遣いもできるけど、話は全く面白く無く、 〝会ってする〟 ではなくて 〝するために会う〟 部類の相手である。 本質的には繊細だから、色々手を施せば伸び代もあるとは思うけど、まだまだ荒削りで力任せが過ぎるというのが現状。 そこを魔改造すれば、それなりの担い手になる未来も見えてはいるが、 〝溢るる若さ〟 が彼の味わいどころなので、下手にテクニックなんて教えたりせずに、素材のままを楽しんでいる。 お刺身でいけるお魚をわざわざ煮付けにする必要はない。 煮付けは他で頂けばよいし。 一度身体を交えると、別角度で相手を測る尺度が獲得されて、他方から見えない一面をみる事ができ、濃度の高い副次的な価値が見出せたりする。 ナスカ高原にあった石塚は、航空写真になりようやく意思を持って描かれた絵である事が分かった様に、一方から見てるだけでは相手を把握する事なんて到底難しい。 世に言う男女の関係は、 先ず玄関口で談笑し、調度品や飾り物の話題の隙に牽制しあい、応接間で何度かお相手して頂いた後、ようやくリビングへ招き入れてもらうというのが王道の筋なんだろうけど、私は手っ取り早く勝手口から入っていきなりお呼ばれをする事が多い。 まどろっこしいのが性に合わんので。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!