アルティメット御代わりくん

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

アルティメット御代わりくん

事が終わって帰宅時より妄想に耽り、風呂に入りながら本日の情事の考察を行うというのがルーティンワークとなっている。 自分が求めるというフェイズはとうに過ぎ、相手の欲望を拾い上げ如何に近似値で具現化するかという事に重きをおき、相手の満足度が上がればこちらの満足度も総じて上がるというすばらしい好循環を得ている。 故に、事に及ぶ前段の打合せ(ミーティング)と事後の擦り合わせ(ピロートーク)に加え、後考察(マスターベーション)が欠かせない。 御代わりするかしないかはここの出来如何(いかん)による。 残心を終えてより後に、脳内で整理をしたり盛り上がったりを繰り返せない相手からは、次のターンへの燃料(モチベーション)を捻出する事ができない。 今日も手を振って残心を終えた後は、既に脳内は後考察の状態に入っていて、先程の状況を拾い返すのに意識が取られ、マンションエントランスの外扉が開くのとタイミングが合わず、ぶつかりそうになりながら鞄の中のキーを探しゴソゴソしていると、閉まり出していた外扉が又開いた。 他の住人なら一先ず鍵が要らないから便乗させてもらおうかと思っての振り向き様、その人影が 〝ドン〟 と私にぶつかってきた。 凄く長い一瞬がゆっくりと進んで行き、今まで経験した事のない感覚が下腹部辺りから上へ上へと上がってくるのが感じて取れた。 なんだかよくわからないけれど足腰の力が抜け風除室の真ん中で 〝ペタン〟 とへたり込み、上がってきた得体の知れない感覚が、喉元を過ぎて脳天へ抜けると、 〝パーン〟 と電球が弾けるみたいに一瞬静止した世界が白くなり、再び再生された色彩と一緒になだれ込んできたのは痛みだった。 踠き声にもならずいつもと違う息が漏れ、チラッと上げた視線の先に、血の滴る包丁を持った男性が震えながら立っていた。 商社勤のエリートの彼だ。 勉強も一番、スポーツも一番、一流私学を卒業後、大手商社に勤務して将来を有望視されている若手のホープなんだそうで、おまけに顔も性格も良いという漫画みたいな男性だ。 漫画が過ぎるのは得てして面白味が無いので、普段は初期選択から除外するタイプの筆頭なんだけど、あのときはつい魔が刺して、 〝しょうも無さも一つの研究対象だ!〟 とか思いつつ勝手口から入ってみたら想像を絶するしょうもなさに辛抱堪らなくなり、 〝世界は広いということを知ってくれれば良いな〟 とか理由をつけて即日リリース御代わり無し判定だったんだけれど、こんな形で御代わりさせてくるとは、 「精神の海原でさぞや荒波に揉まれてきたんだろう、うんうん」 という親心の反面、 〝最初の選択を侮ると痛い目に遭うだろうなそのうち…〟 と思っていた痛い目が本当に痛くって、私としたことが初心を忘れ、この件に関しては、残心もへったくれもあったものではない。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!