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「試合の時も、結なら三振取れたのに、とか。結ならこうするのに、とか。選手によってスタイルが違うのも分かってるし、それを上手く引き出すのが捕手の役割だって、頭ではちゃんと理解してたはずだったんだ」
それなのにいつの間にか投手に私を重ねていたのだと。唇を歪ませる。
「ショックだなんて言える立場じゃないし、今の今までちゃんと意識してなかった分俺の方がタチ悪い。……それに目の前にいる投手を見ていない捕手なんて最悪だ。俺ならこんな捕手嫌だし、投手ならなおさら組みたくないだろ?」
元投手として答えるのなら、確かに組みたくないと思う。
信頼関係の出来ていないバッテリーほど綻びが生じやすい。味方からすればたまったものじゃないし、お荷物どころか身に巣食うウイルスのようなものだ。
現役時代にそういうバッテリーはいくつも見てきたし、その隙を狙って得点を稼いだことだってあった。
でも。
「……元投手としての私じゃなくて」
──ただの結としてなら。
「私を必要としてくれてたって事なら、嬉しい」
だってそれは、陸にとって私が特別だったと。最高の相棒で居られたのだという紛れもない証明なのだから。
いまだに雨はやんでくれない。
後悔も、申し訳なさも、痛みも。この先消えることはないかもしれない。一生、雨に降られ続けられるかもしれない。
でもそれで良いと、今は思う。
陸は晴天に変えてくれることは無かったけれど、私に傘を差しだしてくれた。
雨からほんの少し遠ざけてくれた。
狭い傘のなかに、私を入れてくれた。
嫌悪感しかなかった独占欲をほんの少しだけ、許されたような。
重苦しい灰色の隙間から、僅かな光が差し込んで、あの日のように照らし出されているような。
そんな些細な幸せを感じるのだから。
きっと、多分。今だけでも。これでいいんだって思っていたい。
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