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「あの時のキャプテン、本当に全打席でホームラン打っちゃうからびっくりしちゃった」
「……そうだな」
「でも、もう一年経っちゃうんだよね。時間経つの早すぎない?」
「……本当にな」
心此処にあらずって感じの返事を繰り返す陸から目を逸らし、真っ赤に染まった道をひたすら歩く。歩く度に揺れる大きさの違う影に、諦めが胸を突いた。
「……ねぇ、陸。私ね」
──もう野球は出来ない。
そう告げた私に陸は足を止めた。
緩慢な動きで私の方を向く。
逆光のせいで表情は見えないけれど。陸がどんな顔をしているのか分かってしまって、私も足を止めた。
二人分の足音がなくなった道は静かだ。今なら夕日が沈む音さえも聞こえてきそう。
この重怠い沈黙は、つい最近の苦くて渋い記憶と共に雨音を呼び起こす。
シニアリーグでの最後の大会。
私にとっても、最後の大会。
キャプテン達がいた去年の大会の様な高揚感も幸福感もない。無理やり引き延ばした輪ゴムみたいに、何時千切れるか分からない緊張感が付きまとっていた大会だった。
全部、チームの二本柱だった私達が揺らいだせい。
元々陸は人の上に立つタイプではなかった。それでも実力があって、ネームバリューがあるからとキャプテンに指名され。過剰な期待と新しいチームのいざこざで心身共に摩耗していった。
大きなミスこそしないものの、精彩を欠くプレーは陸らしくもなく。
私も、精神的に陸を支える事は出来ても試合中はそうもいかなくなった。
ただでさえ女が試合に出ているだけでも目立つ。エースとなれば注目度は言うまでもなかった。多くのチームにマークされ研究しつくされる。
きっと海君ならそれでも笑って、マウンドに立てるのだろう。
だけど私は海君にはなれなかった。
体格差だとか、性差だとか。目に見える壁のせいだけじゃない。
エースとして、チームのために投げられなくなってしまった私には、天地がひっくり返ったって海君にはなれるわけがなかったのだ。
球威がないから正面から戦う事すら出来やしない。技術で翻弄して、上手い事逃げながらカウントを稼ぐしかない。
正面からやり合えない卑怯者だと嗤われた。
男だったらと残念がられた。
私にはどうしようもない事を名前も知らない人達に言われ続けて。精神的にも肉体的にも限界だった。
だから私は、陸のためにだけ投げることにした。
……違う。陸の隣に立っていたいと。私だけを映していて欲しいと。利己的な理由で、目を閉じた。それだけを支えにして、マウンドに立っていた。
我ながら馬鹿だと思う。身体はとっくに悲鳴を上げているのに、依存じみた理由で逃げるという選択すら取れない。
捨てないで。私を見ていて。一球一球にそんな欲を詰めて、機械のように投げ続けていた。
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